「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」の平成30年改訂のポイント

第1 はじめに

 平成30年7月27日、「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(以下「本準則」)の改訂版が公表されました。
 本準則は、取引当事者の予見可能性を高め、取引の円滑化に資することを目的に、電子商取引、情報財取引等に関する様々な法的問題点について、関連諸法令がどのように解釈・適用されるのかに関する指針を経済産業省において策定したものです。本準則の概要及び改訂(平成25年・平成26年・平成27年・平成29年)のポイントについては、以前の当事務所コラム(※)にて解説しておりますので、そちらをご参照ください。

(平成25年改訂)
https://www.foresight-law.gr.jp/column/newcase/140301.html
(平成26年・平成27年改訂)
https://www.foresight-law.gr.jp/column/newcase/151001.html
(平成29年改訂)
https://www.foresight-law.gr.jp/column/newcase/170801.html

 本準則の平成30年改訂では、取引環境の変化に応じた改訂と法令改正に伴う改訂がありましたが、今回は前者の改訂のポイントを解説します。

第2 改訂のポイント

1 AI スピーカー(スマートスピーカー)を利用した電子商取引(本準則Ⅰ-10)

(1)昨今、ユーザーの音声指示を認識して、音楽再生や電子商取引における発注等を可能とするAIスピーカー
  が普及してきており、注目を集めています。
   このAIスピーカーを用いた電子商取引に関する法令の解釈等については、未だ確たる見解が示されていな
  いため、新サービスの利活用の促進や未然の紛争防止の趣旨から、今般、AI スピーカーを利用した電子商取
  引、具体的には、①AI スピーカーによる音声の誤認識や、②発注者の言い間違い等が生じた場合の契約の有
  効性について、新たに見解が示されました。
   以下、それぞれ、(2)(3)にて、概略をお示しいたします。

(2)①AIスピーカー側が音声を誤認識した場合

ア 結論(示された見解)

 本準則では、事業者の提供する AI スピーカーが、テレビの音声や子供の声を誤認識して発注処理をした場合を取り上げ、このような場合には、「法律行為としての注文の意思表示はなかったと解釈されるので、AI スピーカーを通じた契約は成立していない」との見解、つまり、ユーザー(発注者)側を保護する見解が示されています。

イ 事業者側としての対策

 上記見解を踏まえ、本準則では、「事業者としては、契約が成立しない事態を防ぐために、AI スピーカーが認識した注文内容をユーザーに通知し、ユーザーから確認が得られた場合に注文を確定するという確認措置を講じることが有用である」との指摘がなされています。

 なお、事業者側としては、AI スピーカーが認識した注文内容をユーザーに通知することを前提に、ユーザーとの契約(利用規約等)において、「一定期間内に回答がない場合に有効な注文とみなす条項」を設けておくことも考えられるところですが、本準則では、このような条項については、消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)により無効となる可能性があると指摘されています。

 これを踏まえると、ユーザーとの契約においては、上記確認措置をとることを前提に、これを敷衍して「通知に対してユーザーから確認を得られた場合に注文を確定する条項」(※)等を設けておくといった対応が、実務的には穏当と思われます。

本準則では、このような条項については、消費者契約法第10条により無効となる可能性はないと説明されています。

ウ 留意点

 なお、上記アの見解の前提となっているのは、AIスピーカーは、「事業者の支配下にある事業者側の注文受付端末と解釈すべきであり、『ユーザーのエージェント』(ユーザー側の意思表示の道具)と解釈すべきではない。」との考え方です。

 そして、本準則は、このような考え方を採る理由として、現在普及しつつあるAIスピーカーについて、「インターネットに接続され、音声の認識やその解釈を行う機構の主要部分は事業者側に存在している」、「ユーザー側がシステムの修正や入れ替えを自由に行うことはできない」との特徴を挙げています。

 そのため、本準則を前提としても、上記のような特徴が当てはまらない形態のAIスピーカーについては、上記アの見解がそのまま妥当するとは限りません。

 また、ユーザーがAIスピーカーを(事業者が)取扱説明書等で示す環境や設定等に従って使用していないときは、AIスピーカーに対して事業者側のコントロールが十分及んでいるとはいい難く、上記「 AIスピーカー=事業者の支配下にある事業者側の注文受付端末」との解釈が成り立ちにくくなりますので、この場合も、上記アの見解がそのまま妥当しない可能性があります。

 したがって、上記アの見解も、あくまで一定の場面に限定された見解と考えられるため、留意が必要です。

(3)②発注者側が言い間違い等をした場合

ア 結論(示された見解)

(ア)本準則では、発注者が、言い間違いや記憶違いで、本来注文したい商品とは別の商品の発注を指示してしまった場合を取り上げ、このような場合には、

  • ・原則として「法律行為の要素の錯誤として民法第 95 条本文により無効となる」(=発注者側保護)
  • ・ただし、「発注者に重過失がある場合には、民法第95条ただし書により、発注者から錯誤を主張することはできない」(=事業者側保護)との見解が示されました。

(イ)なお、本準則では、併せて、「AI スピーカーによる発注には、電子契約法(※)の適用がない」との見解が示されています。

正式名称:電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律

 電子契約法では、同法が適用対象とする「電子消費者契約」を「消費者と事業者との間で電磁的方法により電子計算機の映像面を介して締結される契約であって、事業者又はその委託を受けた者が当該映像面に表示する手続に従って消費者がその使用する電子計算機を用いて送信することによってその申込み又はその承諾の意思表示を行うもの」と定義しているところ(同法第2条第1項)、AIスピーカーによる発注は、通常、音声のみで発注が完結するため、上記「電子消費者契約」の定義に該当しないというのが、その理由です。

 電子契約法は、民法のルールを修正する法律であり、電子消費者契約において、消費者側が操作ミスをしやすいこと等に配慮し、原則として、民法第95条ただし書の適用を排除、つまり、消費者側に重過失があっても契約の錯誤無効を認める趣旨の定めを設けています(同法第3条本文)。

 電子契約法が適用されないということは、このような消費者側保護のためのルール修正がないことを意味しますので、事業者側としては、上記ア(ア)のとおり、基本的には民法のルールを前提とした対応を行えばよいことになります。

イ 事業者側としての対策

 上記ア(ア)の見解を前提としますと、事業者側としては、発注者に言い間違いや記憶違いがあった場合に、契約が無効となることを防止するため、「発注者に重過失がある」と主張できるようにしておくことが有効と考えられます。

 この点、本準則では、「発注者に重過失がある」と認定され得るケースとして、発注システムにおいて「発注が完了する前に発注内容に誤りがないかを確認する確認措置(※)が組み込まれている場合」が挙げられています。

 このような確認措置がなされたにもかかわらず、訂正せずに発注した場合は、発注者に重大な不注意があると評価されやすくなるためです。

 本準則では、「AI スピーカーが認識した注文内容をAI スピーカーが発する音声、AI スピーカーと連動するウェブサイトやスマートフォンのアプリ、電子メールなどを通じてユーザーに通知し、ユーザーから確認が得られた場合に注文を確定する措置」が挙げられています。

 他方で、上記のような確認措置がなく、「一度の言い間違えでそのまま発注がなされてしまうような発注システム」については、本準則において、発注者に「重過失があるとされる可能性は低い」(=契約が無効となる可能性が高い)と指摘されていますので、事業者としては、上記確認措置等何らの措置も講じないとの対応は、リスクが大きいところです。

(4)なお、以上の本準則の見解は、いずれも、AI クラウドサービス事業者が、AI スピーカーの提供元であり、かつ、商取引の提供事業者でもある場合を前提とした見解である点に、留意が必要です。

例えば、音声認識技術等を提供する事業者とAIスピーカーの提供事業者とが異なる場合、あるいはそれらの事業者と商品の売主とが異なる場合、さらには三者いずれもが異なる場合等は、以上の見解が必ずしもそのまま当てはまるとは限りませんので、個別事案ごとに慎重な判断が必要となります。

2 ブロックチェーン技術を用いた価値移転(本準則Ⅲ-14)

 本準則では、ブロックチェーン上で管理される財産的価値(トークンや仮想通貨等をいい、以下「トークン等」)の移転を内容とする契約(※)を締結した場合には、「当該契約の効力として、当該トークンの移転を請求することができる」との見解が示されました。

トークン等を現金で購入する契約、トークン等を対価として物品やサービスを購入する契約等

 極めて基本的な事項とも思われますが、トークン等の私法上の取扱いについては未だ明確な公的指針が見当たらない状況であったため、このように、経済産業省が公に見解を示すことには、実務上一定の意義があるといえます。

 ただ、本準則においても触れられていますが、特に、仮に契約の相手方がトークン等の移転に任意に応じなかった場合に、(裁判手続等を経て)どのような方法で強制執行を行うかについては、未だ確たる見解が示されておらず、実務上はなお大きな問題が残されている状況といえます。

3 国境を越えた取引に関する製品安全関係法の適用範囲(本準則Ⅳ-7)

(1)製品安全関係法について

 製品安全関係法(※)では、要旨、危害発生のおそれのある製品が指定されており、製造・輸入事業者に対して国が定めた技術基準の遵守が義務付けられています。

 そして、同法により、製造・輸入事業者は、技術基準への適合性を検査の上、技術基準を満たした製品には、PSマークを表示する必要があり、販売事業者等は、PSマーク表示がない製品を販売・陳列することが禁止されています。

「製品安全4法」とも呼ばれ、「消費生活用製品安全法」、「電気用品安全法」、「ガス事業法」、
「液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律」のことをいいます。

 対象となる製品の具体例としては、ライター、レーザーポインタ、乳幼児ベッド、石油ストーブ、LEDランプ、延長コード、エアコン、冷蔵庫、電子レンジ、ガス瞬間湯沸器、ガスこんろ、ガスふろがま等があります。

(2)結論(示された見解)

 本準則では、要旨、製品安全関係法の目的が、「消費者の生命・身体に対して危害を及ぼす恐れがある製品について技術基準を設け、技術基準に適合しない製品が国内で流通することを防止することにより、消費者の生命・身体の安全を確保することにある」と指摘した上、このような同法の趣旨は、その主体が国内事業者か海外事業者かにかかわらず同様に当てはまるとし、PSマークの表示がない製品を国内で流通させる行為については、これが海外事業者による行為であっても、同法の適用対象になるとの見解が示されました。

 また、本準則では、上記趣旨を踏まえ、国内の販売事業者が外国に製品を輸出する場合には、原則として、「同法の適用はない」との見解が示されていますが、例外として、輸出先の海外事業者が日本国内に向けて流通させることを知りつつ、同法の技術基準に適合しない製品を輸出する場合には、「国内での違反製品の流通に意図的に加担することとなる」ため、「同法の適用がある」との見解が示されています。

第3 終わりに

 以上のとおり、本準則の平成30年改訂は、AIスピーカーやブロックチェーン上のトークン等、近時のトピックについて、積極的に見解が示されており、実務上有益である一方、対象場面が限定されていたり、残された実務上の問題も少なくないことから、現実的には、本準則のみでの対応が難しい場面も多いと思われます。
 実務上は、本準則の内容を踏まえつつも、個別事案ごとに慎重な検討・判断が必要となりますので、ご不明な点やお悩み等ございましたら、是非お気軽にご相談ください。

以上