「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」の公表

第1 はじめに

 昨今、「AI」や「ビッグデータ」という言葉を報道等でよく目にするようになり、当事務所のクライアントからも、これらに関するご相談が増えています。ところが、これらに関する法的側面については、取引当事者間でもあまり深く理解されておらず、また契約プラクティスも確立されていないように感じられ、契約書のドラフティングにお悩みのご担当者様が多いようです。
 このような状況を踏まえ、経済産業省において、データに関する適切な利用やAIに係る責任関係・権利関係を含む法的問題への対応、さらには関連する知的財産に関する問題の整理等の調査・検討が進められていましたが、平成30年6月15日、経済産業省より、「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」(以下「本ガイドライン」)が策定・公表されました。本ガイドラインは、AI編とデータ編に分かれており、うちデータ編は、これまでも存在していた「データに関する取引の推進を目的とした契約ガイドライン」「データの利用権限に関する契約ガイドライン」を一本化・拡充して制定されたものです。
 今後、AIやデータを取り扱う取引に係る契約書のドラフティングにおいて参考にされていくものと考えられますので、本稿では、今回新たに法的な考え方が整理されたAI編を中心に、本ガイドラインのポイントを概観します。

第2 AI編

 AI編では、ユーザがベンダに対し、学習済みモデル等のAI技術を利用したソフトウェアの開発を委託し、ベンダがユーザに当該ソフトウェアを成果物として提供する、または利用させる取引を想定して、モデル契約書が示されています。当事務所にご相談頂くのも、ユーザが学習のためのデータをベンダに提供し、ベンダがこれを元に学習済みモデルを生成し、その成果物をクラウド又はオンプレミスでユーザに利用させる、という取引が比較的多い印象であり、このような取引においては、今回のモデル契約書が非常に参考になると考えられます。このモデル契約書の主なポイントは以下のとおりです。

1 契約形態

 ウォーターフォール型のシステム開発契約においては、プロジェクト全体を通して適用される「基本契約」を締結し、その上で、要件定義、開発、テスト等いくつかのフェーズごとに「個別契約」を締結する、いわゆる「多段階契約」方式が適しているとされます。
 一方、本ガイドラインでは、学習済みモデルの生成においては、事前にどのようなものが生成されるか予測ができず、開発初期に成果物を確定することが困難であると想定し、非ウォーターフォール型開発(アジャイル型開発等)に近いものと位置付けています。その上で、AIソフトウェアの取引は、比較的小規模な特的目的を達成するための学習済みモデルの生成に関する取引が中心であると想定し、基本契約と個別契約による契約管理コストを避けるため、基本契約を締結せず、以下のフロー事に個別の契約を締結する「探索的段階型契約」という方式が提唱されています。

  ①アセスメント段階   →  ②PoC段階   →  ③開発段階   →  ④追加学習段階

       ↓            ↓          ↓

    秘密保持契約      導入検証契約  ソフトウェア開発契約


※①②③についてはそれぞれのモデル契約書案が本ガイドラインにて示されています。
 ※④については保守運用契約の中に規定するなど多様なものが想定されるとされています。

 契約管理コストを許容できる場合や、ベンダとして中途で取引が終わるのを抑止したい場合などは基本契約を締結することも考えられますし、案件規模によっては①と②をまとめて1つの契約として締結するなど、当事者の意向や案件の内容・全体像次第で様々なアレンジが考えられるところではありますが、今回こうして一つの契約プラクティスが示されたことで、今後の契約書ドラフトや契約交渉が円滑化することが期待されます。

2 開発契約の法的性質

 通常のシステム開発における開発段階の契約では、要件定義等を経て成果物の仕様を確定した後に開発に着手することから、その法的性質は請負契約であるとの理解が一般的です。
 他方、AIに係る開発契約では、事前にどのような学習済みモデルが生成されるか予測ができないため仕事の完成を約束することが困難であり、またユーザによる未知の入力に対する性能保証も困難であることから、本ガイドラインでは、開発契約の法的性質を準委任契約と整理しています。そして、係る整理を前提に、ベンダが完成義務を負わないことが確認されるとともに、性能等の非保証条項(モデル契約7条2項)が設けられています。瑕疵担保責任に関する規定もモデル契約には存在しません。
 ただし、準委任と整理したとしても、ベンダは当然ながら善管注意義務を負い、モデル契約7条1項では、「情報処理に関する業界の一般的な専門知識に基づ」く善管注意義務の水準が設定されています。また、ユーザによる成果物の確認作業(請負でいう検収に類似)が想定されており(モデル契約11条)、記載例では、委託料支払はユーザによる当該確認後とされています(モデル契約別紙「業務内容の詳細」の「11 委託料の支払時期・方法」)。
 なお、このユーザによる「確認」は、その確認基準が問題になりそうです。なぜなら、通常の請負契約における「検収」は、事前に合意された仕様に合致しているか否かをユーザにてチェックする作業となりますが、AIに係る開発契約においては、学習済みモデルの仕様を事前に確定することの困難性から、明確な「確認」の基準が存在しないためです。このことに起因して、ユーザのやり直し要求や報酬支払拒否に関連する紛争が生じる可能性がありますから、この「確認」の基準は、確認項目を例示列挙するなど、予め契約において可能な限りの明確化をすることが有用であると考えられます。PoC段階を経た上での開発契約であれば、このように、一定の確認基準を明示することも可能な場合も十分あり得ます。
 他方、このような基準を明確化できないようであれば、ベンダが提供した役務に応じて報酬を支払う形(人月単位に基づく毎月の委託料支払等)としておくことも、ベンダとしては考えられるところです。
 本ガイドラインでは、委任事務の履行により得られる成果に応じて報酬を支払う「成果完成型準委任」と、委任事務の処理の割合に応じて報酬を支払う「履行割合型準委任」に分け、いずれのアレンジもあり得ると述べられています。

3 生データ、学習用データセットの取り扱い

 学習済みモデル生成に必要な生データをユーザが用意する場合、著作権法、個人情報保護法、他者との秘密保持契約等に違反しないよう留意する必要がありますが、これらについてモデル契約では、ユーザが違反のないことを保証する形とされています(モデル契約12条3項)。
 なお、生データはそのままでは学習用プログラムに入力することができず、一旦学習用データセットとして整形・加工する必要がある場合が多いと考えられますが、この作業は、一定の工数を要するケースもあり得ます。モデル契約では、別紙「利用条件一覧表」(18条関係)にて、学習用データセットを誰が用意するか、その権利は誰に帰属するか、再利用モデルの生成を他方当事者に許すか等を合意することが想定されており、実務上参考になります。

4 学習済みモデルの権利関係・利用条件

 モデル契約書では、学習済みモデルに係る著作権について、ベンダに帰属させるパターン、ユーザに帰属させるパターン、共有とするパターンの3パターンが例示されています(モデル契約16条)。
 ただ、ベンダに帰属させる場合には当然にユーザに利用権限を与える必要がありますし、ユーザに帰属させる場合でも、ベンダとして派生モデルの生成等に学習済みモデルを活用できる可能性がありますので、どちらに帰属させるにせよ、相手方に一定の利用権限を与えることが想定されています(モデル契約18条、別紙「利用条件一覧表」)。これは、AIの特性として、学習済みモデルの再利用の需要が高いことにあるためと思われます。
 とかく権利帰属については、契約交渉において主要論点になりやすいところであり、ユーザとしてはベンダに学習済みモデルを再利用されたくないところかもしれませんが、他方で、ユーザの同業他社には一定期間派生モデル含め提供しないなどの条件であれば、ユーザとして許容する余地もあろうかと思います。重要なのは、権利の帰属そのものというよりも、ユーザ、ベンダそれぞれがどの範囲で成果物を利用できるかという点であり、その利用条件を詳細に規定するという方向で、モデル契約はデザインされています。

第3 データ編

 データ編では、以下の3類型に分類して、①と②についてはモデル契約書が示されており、③については法的論点が整理されています。

データ提供型
取引の対象となるデータを一方当事者(データ提供者)のみが保持しているという事実状態が明確であ
 る場合において、データ提供者から他方当事者に対して当該データを提供する際に、当該データに関する
 他方当事者の利用権限その他データ提供条件等を合意する場合

データ創出型
複数当事者が関与して従前存在しなかったデータが新たに創出されるという場面において、データの創
 出に関与した当事者間で、データの利用権限について合意する場合

データ共用型(プラットフォーム型)
複数の事業者がデータをプラットフォームに提供し、プラットフォームが当該データを集約・保管、加
 工又は利用し、複数の事業者がプラットフォームを通じて当該データを共用又は活用する場合

 データに関しては、無体物のため所有権が観念できず、かつ必ずしも知的財産権の対象になるわけではありません。そのため、AI編と同様、契約当事者間で、どちらの当事者がどの範囲でデータを利用できるのかを詳細に規定するという方向で、モデル契約がデザインされています。

第4 おわりに

 今後は、本ガイドラインを参考に、当事者間の契約交渉も、共通認識をもって円滑に進んでいくことが期待されます。なお、AIに係る専門用語等は今なお一義的ではありませんが、本ガイドラインでは、AIを利用したソフトウェアの仕組みや用語の意義も解説されていますので、そちらも適宜ご参照ください(本稿で用いる用語は、本ガイドライン内の用語と同義です。)。
 また、言うまでもなく、契約書の内容は個別事案に応じて定めるべきであり、本ガイドライン内のモデル契約は、全ての案件にそのまま適用できるわけではありません。ドラフト等でお悩みの場合は、当事務所までお気軽にご相談ください。

以上