書面等の備置きの懈怠を理由として株式交換を無効とした事例
(神戸地裁尼崎支部平成27年2月6日判決)
2015年7月1日
1 株式交換とは
株式交換は、株式会社(または合同会社)が他の株式会社の発行済株式の全部を取得する方法の一つです。
例えば、A社は、B社との間で株式交換をすることによって、B社の発行済株式の全部を取得して、B社を完全子会社化することができます。
この場合に、A社はB社の株主に対し、B社の株式を取得する代わりに、A社の株式のみならず、社債、新株予約権や金銭等を交付することができます(会社法768条1項2号)。
そのため、A社としては、原則として、株式の買い取りのように、株式購入資金を現金で調達する必要がないというメリットがあります。また、株式交換の手続は株主総会の特別決議による承認で足り、全株主の個別の同意までは不要であるため、A社は確実にB社を完全子会社にすることができます。
なお、会社法上は、株式交換とは、株式会社がその発行済株式の全部を他の株式会社等に取得させること(つまり完全子会社側の行為)をいいます(同2条31号)。
2 株式交換の手続
会社法が定める株式交換の手続の概要は、以下のとおりです。
なお、便宜上、完全親会社になる会社をA社、完全子会社になる会社をB社としてご説明します。
- ① A社とB社との間で株式交換契約を締結します(同767条)。
- ② A社及びB社は、株式交換契約その他所定の書面(相手の計算書類も含まれます)等を本店に一定期間備え置きます(同782条、794条)。
- ③ A社及びB社は、株式交換契約について、各株主総会の承認決議を得ます(同783条、795条)。
- ④ 一定の場合には債権者保護手続が必要となります(同789条、799条)。また、株式交換に反対する株主には株式買取請求権が認められています(同785条、797条)。
- ⑤ A社は、株式交換契約に定められた効力発生日に、B社の発行済株式の全部を取得します(同769条)。
- ⑥ A社及びB社は、効力発生日後遅滞なく、共同して所定の事項を記載した書面等を作成し、本店に一定期間備え置きます(同791条、801条)。
3 事案の概要
本件は、Y社の株主であるXらが、Z社を完全親会社、Y社を完全子会社とする株式交換について、①株式交換契約の内容等を記載した書面等の備置きの懈怠、②株式交換契約についての株主総会の承認決議の不存在という無効原因がある旨主張して、当該株式交換を無効とすることを求めた事案です。
4 裁判所の判断
本件では、Xらが主張する無効原因が存在するか否かが争点でした。すなわち、①株式交換契約の内容等を記載した書面等の備置きに懈怠があったか、②株式交換契約についての株主総会の承認決議が存在するか、という二点です。
裁判所は、Y社の臨時株主総会の招集通知に添付された「議決権の代理行使の勧誘に関する参考書類」に貸借対照表及び計算書類等が添付されていなかったこと、XのY社に対するZ社の決算書等の閲覧請求が拒絶されたこと、Y社がXに対しY社本店にZ社の決算書等を備え置いていない旨説明していたことなどの事実を細かく認定した上で、Y社の本店において上記①の書面等が備え置かれていなかったと認定しました。
そして、必要な書面等が備え置かれていなかったことは、株主等の利害関係人が本件株式交換の公正等を判断することを妨げ、株主の議決権行使等の権利行使に重大な支障を来すものであるなどとして、上記①の無効原因の存在を認め、本件株式交換を無効としました(上記②の無効原因については判断するまでもないとして、判断を示しませんでした。)。
5 株式交換が無効となる場合
会社法では、株式交換無効の訴えについて定めていますが(同828条1項11号)、その無効原因について具体的に定めた規定はなく、何が無効原因になるかは解釈に委ねられています。
この点、一般的には、株式交換契約について錯誤や詐欺など意思表示の瑕疵等があった場合、株式交換契約において必要的な事項に関する合意を欠く場合、株式交換契約の内容等を記載した書面等の備置きを怠った場合、株式交換契約について株主総会の承認決議が存在しない場合などは、株式交換の無効原因になると考えられています。
株式交換契約の内容等を記載した書面等の備置きについては、株主や債権者が、株式交換の手続において、株主総会における議決権や株式の買取請求権、債権者の異議申述権などの権利を行使するにあたって、その判断に必要な情報を会社に開示させるものです。この備置きを怠った場合、株主の株式交換に関する判断権を不当に奪うことになりかねないため、重大な瑕疵に当たると言えます。
なお、このような書面等の備置きは、同じ趣旨から、合併や会社分割等、他の企業再編においても会社法上必要な手続きとして定められています。
6 おわりに
上記のとおり、株式交換契約の内容等を記載した書面等の備置きを怠ることが株式交換の無効原因になることは、既に解釈上は一般的に認められています。その点では、本件は、Y社の本店に必要な書面等が備え置かれていたのか否かという事実関係に関する判断が中心となっており、特に目新しい法的判断を示したものではありません。
もっとも、株式交換の効力が争われた裁判例はそれほど多くありませんので、ご紹介する次第です。
以上