セクハラ行為を理由とした出勤停止の懲戒処分が有効とされた事例
(最高裁平成27年2月26日判決:海遊館セクハラ事件)

1 事案の概要

 Y社が、職場での部下の女性従業員(Aら)に対するセクハラ行為(以下「本件セクハラ行為」という。)を理由に、Xら(従業員:いずれも40代の課長代理という地位にある。)に対し、出勤停止の懲戒処分(以下「本件処分」という。)を行うとともに、本件処分を前提とした資格等級制度規程に基づく降格(以下「本件降格」という。)をしたところ、Xらは、本件セクハラ行為の事実の有無のほか、本件処分及び本件降格はいずれも相当性を欠くなどとして、上記懲戒処分の無効確認、本件降格の無効確認、減額あるいは不支給となった給与等の支払等を求めて争った事案である。

2 裁判経過

 第1審(大阪地裁平成25年9月6日判決)は、本件セクハラ行為の被害者らの供述等には信用性が認められる一方、これに対するXらの供述等は信用できないなどとして、本件セクハラ行為の存在及び懲戒事由(※1)の存在を認め、本件処分の手続に不相当な点はないとし、さらに、本件処分や本件降格は客観的に合理的な理由があり社会通念上相当と認められるから有効であるとして、Xらの請求をいずれも棄却した。
 これに対し、控訴審(大阪高裁平成26年3月28日)は、①Xらが本件セクハラ行為を現に行ったことを認め、この行為は就業規則上の懲戒事由(※1)に該当するとしたものの、②Xらが被害者たる女性従業員から明確な拒否の姿勢を示されておらず、本件セクハラ行為のような言動も許容されていると誤信していたことや、Xらが本件処分を受ける前に、セクハラに対する懲戒に関するY社の具体的な方針を認識する機会がなく、本件セクハラ行為についてY社から事前に警告や注意等を受けていなかったことなどを考慮すると、本件処分を行うことは酷に過ぎるから社会通念上相当とは認められず、権利の濫用として無効であり、本件処分を受けたことを理由とする本件降格もまた無効であるとして、Xらの請求を概ね認容した。

  • (※1)

    Y社就業規則の規定(抄)

    • ・4条(禁止行為)
       社員は、次に掲げる行為をしてはならない。
      (5)会社の秩序又は職場規律を乱すこと。
    • ・46条の3(減給・出勤停止)
       社員が次の各号のいずれかに該当する行為をした場合は、減給又は出勤停止に処する。この判断は会社が行う。
       ①会社の就業規則などに定める服務規律にしばしば違反したとき。

3 本判決の要旨

 本判決は、Xらによる本件セクハラ行為の存在を認め、これがY社の就業規則上の懲戒事由に該当すると判断した上で、控訴審の②の判断は是認できず、結論的には第1審の判断が正当であるとした。本判決で示されている内容は、以下のとおりである。

  1. (1)

     Xらは、極めて露骨で卑わいな発言等を繰り返したり、著しく侮蔑的ないし下品な言辞で女性従業員らを侮辱し又は困惑させる発言を繰り返したりして(※2)、女性従業員に対して強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感等を与えており、職場における女性従業員に対する言動として極めて不適切であり、その執務環境を著しく害するものといえ、当該従業員らの就業意欲の低下や能力発揮の阻害を招来した。

    (※2)Xらによる本件セクハラ行為(判決文より一部引用)

    • X1:Aが1人で勤務している際、同人に対し、「俺のん、でかくて太いらしいねん。やっぱり若い子はその方がいいんかなあ。」と言った。
    • X1:Aが1人で勤務している際、同人に対し、複数回、「夫婦間はもう何年もセックスレスやねん。」、「でも俺の性欲は年々増すねん。なんでやろうな。」、「でも家庭サービスはきちんとやってるねん。切替えはしてるから。」と言った。
    • X1:Aが1人で勤務している際、同人に対し、不貞相手が自動車で迎えに来ていたという話をする中で、「この前、カー何々してん。」と言い、Aに「何々」のところをわざと言わせようとするように話を持ちかけた。
    • X1:Aもいた休憩室において、水族館の女性客について、「今日のお母さんよかったわ…。」、「かがんで中見えたんラッキー。」、「好みの人がいたなあ。」などと言った。
    • X2:Aに対し、「いくつになったん。」、「もうそんな歳になったん。結婚もせんでこんな所で何してんの。親泣くで。」と言った。
    • X2:Aに対し、「毎月、収入どれくらい。時給いくらなん。社員はもっとあるで。」、「お給料全部使うやろ。足りんやろ。夜の仕事とかせえへんのか。時給いいで。したらええやん。」などと繰り返し言った。
    • X2:セクハラに関する研修を受けた後、「あんなん言ってたら女の子としゃべられへんよなあ。」、「あんなん言われる奴は女の子に嫌われているんや。」という趣旨の発言をした。
  2. (2)

     Y社では、職場におけるセクハラの防止を重要課題と位置付け、セクハラ禁止文書(※3)を作成してこれを従業員らに周知させるとともに、セクハラに関する研修への毎年の参加を全従業員に義務付けるなど、セクハラ防止のために種々の取組を行っていた。Xらは、上記研修を受けていただけでなく、管理職として、Y社の方針や取組を十分に理解し、セクハラ防止のために部下を指導すべき立場にあったにもかかわらず、Aらに対し、職場内で1年余にわたり、多数回のセクハラ行為等を繰り返したのであって、その職責や立場に照らしても著しく不適切であるといわざるを得ない。

    • (※3)セクハラ禁止文書の内容(抄)
    • (ア)我が社は下記の行為を許しません。
      「就業規則第4条(禁止行為)(5)会社の秩序又は職場規律を乱すこと。」には、次の内容を含みます。
      1. ① 性的な冗談、からかい、質問
      2. ③ その他、他人に不快感を与える性的な言動
      3. ⑤ 身体への不必要な接触
      4. ⑥ 性的な言動により社員等の就業意欲を低下させ、能力発揮を阻害する行為
    • (イ)セクシャルハラスメントの行為者に対しては、①行為の具体的態様(時間・場所(職場か否か)・内容・程度)、②当事者同士の関係(職位等)、③被害者の対応(告訴等)・心情等を総合的に判断し、処分を決定します。
  3. (3) Aは、Xらのこのような行為が一因となって退職を余儀なくされており、管理職であるXらが女性従業員らに対して反復継続的に行った極めて不適切なセクハラ行為等がY社の企業秩序や職場規律に及ぼした有害な影響は看過し難い。
  4. (4) 職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられることなどから、Aが明白な拒否の姿勢を示していないことなどをXらに有利な事情としてしんしゃくすることは相当でない。
  5. (5) Xらは管理職として、セクハラの防止やこれに対する懲戒等に関するY社の方針や取組を当然に認識すべきであったといえることに加え、本件セクハラ行為の多くが第三者のいない状況で行われており、Aらから被害の申告を受ける前の時点において、Y社がXらのセクハラ行為及びAらの被害の事実を具体的に認識して警告や注意等を行う機会があったとはうかがわれないから、Xらが懲戒を受ける前の経緯についてXらに有利にしんしゃくし得る事情があるとはいえない。
  6. (6) Xらが過去に懲戒処分を受けたことがなく、Xらに対する本件処分がその結果として相応の給与上の不利益を伴うものであったことなどを考慮しても、Xらに対する本件処分(X1につき30日、X2につき10日の出勤停止)が社会通念上相当性を欠くということはできない。
  7. (7) Y社の資格等級制度規程は、職務遂行能力の著しい不足といった当該等級にかかる適格性の欠如の徴表となる事由と並んで、社員が懲戒処分を受けたことを独立の降格事由として定めているが、現に非違行為の事実が存在し懲戒処分が有効である限り、その定めは合理性を有するものといえる。そして、Xらが有効な本件処分を受けていることからすれば、1等級降格したことが社会通念上著しく相当性を欠くものということはできないから、本件降格は有効なものといえる。

4 考察

  1. (1) 本判決は、言葉によるセクハラについて厳しい評価を与え、Xらに対して科した本件処分や規程に基づく降格は、いずれも社会通念上の相当性があるとして有効と判断した。身体的接触のない事案であっても、X1に対する出勤停止30日という比較的重い懲戒処分が有効とされた点は、実務的にも参考になるといえる。
  2. (2) Xらの行為は、多くが第三者のいない状況で行われていたにもかかわらず(上記3(5)参照)、裁判所は、具体的な発言内容が存在したことを認定している。
     本件の第1審判決によると、Y社は、被害を申告してきた従業員Aらによる被害申告を受けた後、複数回の事情聴取を行った上で、聴取後日をおかずに、聴取者がAらの話を整理したメモを作成し、これをAらに確認してもらっている。また、AらはXらの発言を記載した一部のメモを残していたが、上記事情聴取後に聴取者から依頼されて、改めてA自身でメモを作成している。これらのメモ及び本件訴訟での証言において、Aは、一貫して本件セクハラ行為について具体的かつ詳細に述べており、不合理な変遷や不自然な誇張が存在しないことから、信用性の高い証言であるとされた。
     これに対し、Xらは、本件セクハラ行為の存在を否定する旨を供述するが、Y社から事実関係の確認を求められた際に基本的には事実を認めていただけでなく、Y社による事情聴取の際にもこれらを否定する発言をしていないことなどから、Xらの供述は信用できないとされ、結果的に、本件セクハラ行為が存在すると認められた。
     セクハラ調査においては、どのような行為があったかの認定が難しいため、調査方法を含めたY社の対応は、企業におけるセクハラ調査の一例として参考になるといえる。
  3. (3) 本件で適用されたY社の服務規律に関する規定は抽象的な内容となっているが、それを補完するものとしてセクハラ禁止文書が位置付けられている。Y社は、このセクハラ禁止文書を従業員に周知するほか、セクハラに関する研修を実施し、全従業員の参加を義務付け、現にXらも参加していた。これらの事情が裁判所に好意的に評価され、Xらはセクハラに対するY社の方針を当然に認識すべきであったとされている。
     上記のような対応は、必ずしも特別なものではなく、どの企業においても比較的容易に対応できるレベルであるため、セクハラ発生を防止するための事前の取組として参考になるといえる。
     また、事前にセクハラ問題について適切な取組を行っていれば、具体的な事前の指導等をなすことなく懲戒処分を科すことも可能と判断されたため、企業としての事前の取組がより一層重要であることになったと考える。

以上