他社の規約に依拠して規約を作成した行為につき、著作権(複製権)侵害を肯定した事例
(東京地方裁判所平成26年7月30日判決)

1 はじめに

 平成26年7月30日、東京地方裁判所において、他社の規約に依拠して規約を作成した行為につき、著作権(複製権)侵害を肯定した興味深い判決が言い渡されました(以下「本判決」といいます)。
 著作権は、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作物。著作権法2条1項1号)を創作した者に帰属する権利です。そして、一般的には、契約書等については、思想又は感情が表現されたものではないとか、法令等による規制や利便性の観点からの表現上の制約がある(よって創作性を欠く)といった理由で、著作物性が否定されることが多いとされています。なお、実際、「『思想又は感情を創作的に表現したもの』であるとはいえない」ことを理由として、土地売買契約書の著作物性を否定した裁判例もあります(東京地裁昭和62年5月14日判決)。
 このような議論状況の中、規約の著作物性を肯定した本判決について、以下若干の検討を行います。

2 事案の概要

 インターネットを通じて時計修理サービスを提供するX社は、平成25年10月以前から、自社のウェブサイト(以下「Xサイト」といいます)に、ウェブサイト文言(宣伝文句や実績紹介など)、トップバナー画像、修理規約(修理を受注するに際し、予め修理依頼者との間で取り決めておきたいと考える事項を定めた規約。以下「X規約」といいます)などを掲載していました。そうしたところ、X社と同じくインターネットを通じて時計修理サービスを提供するY社が、平成25年10月3日から、Xサイトと類似したウェブサイト文言、トップバナー画像、修理規約(以下「Y規約」といいます)を、Xサイトに類似したサイト構成を採用したうえ、自社のウェブサイト(以下「Yサイト」といいます)に掲載しました。
 そこで、X社が、Y社に対し、Xサイトのウェブサイト文言、トップバナー画像、規約文言及びウェブサイト構成に関するX社の著作権を侵害すると主張して、1000万円の損害賠償請求及びYサイト上での使用禁止を求めました。

3 本件の争点

 本件の最大の争点は、著作権(複製権 又は翻案権 )侵害の成否です。

  •  その他の争点については、本稿では扱いません。

4 裁判所の判断

  1. (1)

     ウェブサイト文言、トップバナー画像及びサイト構成については、いずれも、「ありふれた表現である」、「広く一般的に行われている表現である」などの理由で、著作権侵害を否定しました。

  2. (2)

     規約文言についても、原告が主張する個々の類似点については、「ありふれた表現にすぎない」などの理由で、規約の文言を個別に対比する限りにおいては、著作権侵害にあたるとはいえないとしました。しかしながら、続けて、「規約文言全体の著作物性」について次のように判断し、著作物性を肯定しました。

    「一般に、修理規約とは、修理受注者が、修理を受注するに際し、あらかじめ修理依頼者との間で取り決めておきたいと考える事項を「規約」、すなわち条文や箇条書きのような形式で文章化したものと考えられるところ、規約としての性質上、取り決める事項は、ある程度一般化、定形化されたものであって、これを表現しようとすれば、一般的な表現、定形的な表現になることが多いと解される。このため、その表現方法はおのずと限られたものとなるというべきであって、通常の規約であれば、ありふれた表現として著作物性は否定される場合が多いと考えられる。
     しかしながら、規約であることから、当然に著作物性がないと断ずることは相当でなく、その規約の表現に全体として作成者の個性が表れているような特別な場合には、当該規約全体について、これを創作的な表現と認め、著作物として保護すべき場合もあり得るものと解するのが相当である。
     これを本件についてみるに、原告規約文言は、疑義が生じないよう同一の事項を多面的な角度から繰り返し記述するなどしている点(…中略…)において、原告の個性が表れていると認められ、その限りで特徴的な表現がされているものというべきである…」(下線は筆者)

    ※ 同一の事項を繰り返し記述している点として、以下の点が指摘されています。

    • ・腐食や損壊の場合に保証できないことがあること
    • ・浸水の場合には有償修理となること
    • ・修理にあたっては時計の誤差を日差±15秒以内を基準とするが、
      ±15秒以内にならない場合もあり、その場合も責任を負わないこと
  3. (3)

     そして、Y規約の文言が、見出しの項目、各項目に掲げられた表現、記載順序などが全てX規約の文言と同一であるか、実質的に同一であると認められるとして、Y社によるX規約の複製を認め、Y社に対し、5万円の損害賠償及びY規約の使用禁止を命じました。

5 検討

  1. (1)

     規約の著作物性については、冒頭で説明したとおり、一般的には否定されることが多いと考えられており、本判決も、通常の規約であれば、ありふれた表現として著作物性が否定される場合が多いこと自体は否定していません。
     本判決が特徴的なのは、「規約の表現に全体として作成者の個性が表れているような特別な場合」には、規約全体を創作的な表現として、著作物としての保護を与える必要がある旨を判示し、具体的な事案の解決としても、X規約の「疑義が生じないよう同一の事項を多面的な角度から繰り返し記述するなどしている点」をもって、「表現全体としての作成者の個性」と認めた点にあります。

  2. (2)

     契約書等を著作物として保護すべきでない実質的理由は、実務上の必需品であり、かつ表現の幅が広くないことからして、契約書等の文言を創作者に独占させることによる弊害が大きいためであると考えられます。したがって、一定の独創的な表現を用いて創作したものであり、独占による弊害の少ない場合には、著作物性を認めても不都合がないと考えられます。その意味では、規約について著作物性が認められる余地を認めた本判決の一般論については、妥当であると考えられます。
     他方で、「疑義が生じないよう同一の事項を多面的な角度から繰り返し記述するなどしている点」をもって、原告の個性が表れている特徴的な点であると判断したあてはめ部分については、このような工夫がなされている規約は決して珍しくないと思われることからすると、やや違和感が残るところです。この点は、「繰り返し記述するなどしている点」という表現からして、繰り返し記述している点以外にも考慮要素があったことが伺われますが、いずれにせよ、繰り返し記述している点のみでは、創作性を肯定するにはやや頼りない印象です。

  3. (3)

     なお、X規約の個々の文言はありふれた表現であるとして著作物性を否定しながら、X規約全体についての著作物性を肯定し、複製権侵害を認めるという手法については、Y規約文言がX規約文言の項目、各項目に掲げられた表現及び記載順序などがすべて同一(実質的に同一であることを含む)であったことから、規約全体に渡って依拠性がかなり強度に推認される(=悪質性が高い)という本件の事情の下では、事案の解決としては妥当なものであったといってよいと考えます。

6 結語

 本判決からいえることは、他社の規約を参照して規約を作成する際には、項目、各項目に掲げられた表現、記載順序などまで同一としてしまうと、参照元の規約に著作物性が認められる場合(同一の事項を多面的な角度から繰り返し記述するなどの工夫点がある場合など)に、複製権侵害の誹りを免れない可能性があるということです。
 また、逆に、他社に規約を盗用されているとの疑いが生じた場合、個々の規約文言の著作物性が肯定しがたい場合でも、規約全体の著作物性及びこれを前提とした複製権侵害を主張し得るともいえます。
 規約の作成や規約の盗用についてお悩みの場合には、上記のとおり微妙な判断が必要ですので、当事務所までご相談ください。

以上

  1. 著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいいます(最高裁昭和53年9月7日判決)。すなわち、複製とは、既存の著作物と同一性のあるものを作成することをいい、ここでいう同一性の程度は、完全に同一である場合のみならず、多少の修正増減があっても著作物の同一性を損なうことのない、実質的に同一である場合も含むと解されます。
  2. 著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為をいいます。