専門業務型裁量労働制の適用が否定された事例(東京高裁平成26年2月27日判決:レガシィほか事件)

1 事案の概要

 税理士法人及び総合コンサルティング業務を営む株式会社(代表者及び所在は同一、従業員もほぼ同一)(以下、税理士法人を「Y法人」、株式会社を「Y社」といい、総称して「Yら」という。)に勤務していたXが、Yら在職中の時間外労働に対する割増賃金及び付加金等の支払を求めた事案である。
 Xの上記請求に対し、Yらは、Xは税理士ではないものの、確定申告に関する業務等にかかわっていたことから、その就業規則等において定める専門業務型裁量労働制の適用があるとして、争った。

2 裁判経過

 第1審(東京地裁平成25年9月26日判決)は、割増賃金についてXの請求全額である200万円余、付加金についてXの請求金額の約10%である20万円の支払を命ずる判決を言い渡した。本判決のポイントとなる点は、以下のとおりである。

  1. (1) 労働基準法38条の3、同法施行規則24条の2の2、平成14年厚生労働省告示第22号によれば、専門業務型裁量労働制における「税理士の業務」とは、法令に基づいて税理士の業務とされている業務をいい、税理士法2条1項の税務代理、税務書類の作成、税務相談がこれに該当する。
  2. (2) 専門業務型裁量労働制の対象となる「税理士の業務」は、税理士自身、すなわち、税理士となる資格を有し(税理士法3条)、税理士名簿への登録(同法18条)を受けた者自身を主体とする業務をいう。もっとも、税理士または税理士法人の指示により、税理士または税理士法人が行うべき税務処理の作成等の業務を単なる補助者にとどまらない立場で事実上行う場合もあり得るが、その場合は、少なくとも、その業務が税理士または税理士法人を労務の提供先として行われるとともに、その成果が当該税理士または税理士法人を主体とする業務として顕出されることが必要である。
  3. (3) Xは、Yら双方と労働契約を締結したものの、Yらに対し、そのいずれの業務であり、そのいずれが労務提供先となるのかを格別区別することなく、双方の業務が渾然一体となったものとして、その労務を提供していたものであり、Yらもいずれが労務提供先となるのかを格別区別することなく、労働の提供を受けていたから、専門業務型裁量労働制を適用することはできない。なお、書証及び弁論の全趣旨によれば、Xの業務は、税理士の補助業務にとどまることがうかがわれる。
  4. (4) 割増賃金に対する遅延損害金について定める賃金の支払の確保等に関する法律(賃確法)6条2項、同規則6条4号は、事業主の賃金支払拒絶が天変地異と同視しうるような合理的かつやむを得ない事由に基づくものと認められる場合に限り、同法6条1項の適用を除外したものであるところ、本件においてそのような事由は認められないから、Yらは、年14.6%の割合による遅延損害金を支払う必要がある。
  5. (5) 本件において、Yらは、Xに対する割増賃金の支払をしていないが、その違反の程度や態様については、専門業務型裁量労働制に係る法令の解釈適用を誤ったことに起因するものであり、必ずしも悪質とはいえないが、他方で、Yらは、賃金全額払いの趣旨を潜脱する主張を重ねるといった事情も存することから、Xに対する付加金は20万円とするのが相当である。

3 本判決の要旨

 本判決は、専門業務型裁量労働制の適用を否定した点については、第1審の判断を踏襲したが、割増賃金に対する遅延損害金、付加金の支払を命じた点についてはその判断を否定した。本判決のポイントとなる点は、以下のとおりである。

  1. (1) Yらは、専門業務型裁量労働制の対象となる業務の範囲について、その業務を行う手段や時間配分の決定などについて、使用者が具体的な指示をすることが困難な業務か否かという観点から実質的に解釈すべきであると主張するが、この主張によった場合、「税理士の業務」概念の外延があいまいとなり、対象業務の明確性が損なわれ、専門業務型裁量労働制における対象業務を限定列挙方式とした趣旨が没却されるから、そのような主張は採用できない。
  2. (2) 本件では、Xの時間外労働の割増賃金支払の前提問題として、専門業務型裁量労働制がXに適用されるか否かが争点の1つとなっていて、その対象業務の解釈が争われているところ、この点に関する双方の主張内容や事実関係に照らせば、YらがXの割増賃金の支払義務を争うことには合理的な理由がないとはいえないというべきであり、未払割増賃金に対する遅延損害金は商事法定利率(年6%)によるべきである。
  3. (3) 本件に顕れた一切の事情、特に賃確法に基づく遅延損害金の支払請求の当否について判断したところを考慮すると、本件においては、Yらに対し、付加金の支払を命じるのは相当ではない。

4 考察

  1. (1) 裁量労働制は、実労働時間により労働時間を算定することの例外として認められた制度である。また、専門業務型裁量労働制は、その業務が業務の客観的性質からみてその遂行方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるほどの高度の専門性・裁量性を持つものであることが必要とされる。
  2. (2) 本件において、Xは、Yらの法人税・資産税部門の税理士の補助業務を行うスタッフとして雇用され、雇用されている間、確定申告に関する業務、土地等の簡易評価の資料作成等の業務を行っていたが、そのような業務が「税理士の業務」とはいえないとした裁判所の判断は、規定に即したものとして、妥当であると考える。
     なお、第1審では、税理士の補助業務にとどまることがうかがわれるとの指摘にとどまっていたところが、本判決では、補助業務を行うスタッフであることが明確に認定されている。
  3. (3) 本判決では、未払割増賃金に対する遅延損害金について、賃確法所定の利率(年14.6%)の適用を否定し、商事法定利率(年6%)とすべきであると判断したほか、第1審で命じられた付加金の支払を否定したという点で、使用者側には参考となる事例である。
  4. (4) 専門業務型裁量労働制の対象業務は、本件で問題となった「税理士の業務」のほか、「システムエンジニア(情報処理システムの分析または設計の業務)」、「デザイナー(衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインンの考案の業務)」、「システムコンサルタント(事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握またはそれを活用するための方法に関する考案もしくは助言の業務)」など、19業務に限定されている。
     そのため、専門業務型裁量労働制を採用している使用者においては、今一度、対象業務の具体的内容が、労基法や通達の規定に即したものとなっているかを確認するなどして、法律等に即した実態・運用となっているかをチェックすべきである。

以上