パッケージ型システム開発において、ベンダのユーザに対するプロジェクトマネジメント義務違反が認められた事例
(スルガ銀行対日本IBM事件、東京地裁平成24年3月29日判決)

1 事案の概要

 本件は、スルガ銀行(以下「原告」といいます。)が日本IBM(以下「被告」といいます。)に対し、開発を委託した情報システムが完成しなかったことについて損害賠償を求めた事案です。
 原告は、ベンダである被告との間で、原告の業務をつかさどる情報システムの開発(以下「本件システム開発」といいます。)に係るプロジェクト(以下「本件プロジェクト」といいます。)を開始しました。本件システム開発は、米国のFidelity Information Services社(以下「FIS社」といいます。)のパッケージソフトであるCorebankを用いた、パッケージ型システム開発(※)でした。しかし、本件システム開発は難航し、結果として、本件プロジェクトは中止するに至りました。
 原告は、本件プロジェクトが中止したのは、被告がCorebankに関する知識に乏しく開発工程が混迷を極めたためであるなどとして、被告のプロジェクトマネジメント義務(以下「PM義務」といいます。)違反を主張したのに対し、被告はこれを争い、むしろ、原告が被告に対し必要な協力をしなかったためであるなどと主張しました。

 一からシステムを作るのではなく、あらかじめ存在するパッケージソフトをユーザの要望に沿うようカスタマイズする開発方法

2 主要な争点

 本件の争点はいくつかありますが、ここでは、最大の争点である「本件プロジェクトが中止するに至ったことについての責任の所在(被告のPM義務違反の有無)」について取り上げます。

3 裁判所の判断

 本判決は、上記争点につき、概要以下の事情を指摘したうえ、被告のPM義務違反を認め、被告に対し、原告に生じた実損害のほぼ全額である74億円余りの賠償を命じました(なお、原告の協力義務違反については否定しています。)。

  1. ① 被告は、本件プロジェクトを開始するにあたり、Corebankを採用するうえで、その機能や充足度、適切な開発方法等についてあらかじめ十分な検証又は検討をしたものとはいえない。
  2. ② 被告は、Corebankの改変権を有しているFIS社との間で協議をするなどして、Corebankのカスタマイズ作業を適切に実施できる体制を整えていなかった。
  3. ③ 被告は、Corebankの改変権を有していないことが本件システム開発の阻害要因になり得ること、Corebankを改変するために必要となる役割分担、作業量・作業時間、費用等についてFIS社と十分な協議が整っていないこと等の事情を原告に説明していなかった。

4 考察

  1. ベンダのPM義務について

     PM義務とは、これについて詳細に言及した東京地裁平成16年3月10日判決の言葉を引用すれば、「注文者であるユーザのシステム開発へのかかわりについても、適切に管理し、システム開発について専門的知識を有しないユーザによって開発作業を阻害する行為がされることのないようユーザに働きかける義務」とされています。
     同判決では、PM義務の具体的内容について、ユーザへのプロジェクトの課題や未決事項の提示、選択肢及び選択肢ごとの利害得失の説明、期限管理、ユーザからの要求があった場合の委託料、納入期限、他の機能への影響の説明、さらに、場合によっては同要求の撤回、追加の委託料の負担、納入期限の延期等を求める義務等かなり高度な義務をベンダに課しています。

     他方、システム開発がベンダとユーザの共同作業であることから、ユーザには、ベンダから必要な協力を求められた場合に、これに応じて必要な協力を行う義務があると考えられています。
     もっとも、ベンダがシステム開発の専門家としてのPM義務を負うことから、基本的には、ベンダのPM義務が適切に履行されて初めてユーザの協力義務が問題となります。

  2. 本判決の判断のポイント

     まず、本判決は、被告のPM義務の一内容として、本件のようなパッケージ型システム開発においては、パッケージの選定、開発方法の採用にあたり、十分な検討をしなければならないと判示しました。
     確かに、パッケージ型システム開発においては、パッケージを元にシステムを開発していく以上、パッケージの選定や開発方法の採用を誤れば、その後のプロジェクトの進行に大きく影響しうるところであり、一般論としては是認できます。

     そのうえで、本判決は、被告が当初、ユーザの現行システムの機能を基礎に新システムで必要な機能を積み上げる方法であるカスタマイズ・ベース・アプローチを採用した(※)点などをとらえ、被告はCorebankの機能や充足度、その適切な開発方法等についてあらかじめ十分な検討をしなかったと認定しました。
     本件では、原被告間でなされた会議の議事録等に、被告担当者がCorebankの選定や開発方法の採用に誤りがあったことを認めるような記載が複数あり、これが判決の上記認定に大きく影響しているように思われます。
     ベンダとしては、プロジェクトが難航した際、その立場上、顧客であるユーザの要求に従わざるを得ない面があると思われますが、自らの非を認めるような書面を作成してしまうことには慎重になる必要があるといえます。

    その後、被告は、この方法は不適当であったとして、パッケージの機能を基礎にカスタマイズは最小限に抑える方法であるパッケージ・ベース・アプローチに変更したうえ、Corebank以外のパッケージを用いる代替案も提案しています。

5 控訴審判決について

 報道によれば、平成25年9月26日に言い渡された本件の控訴審判決は、本判決の認容額(約74億円)を減額し、約42億円の賠償を命じる内容となっているようです(本稿執筆時点では判決文は未公表。)。
 減額の理由は、最終合意前のパッケージの選定、開発方法の採用の段階では、PM義務違反があったとまではいえないと判断された結果、最終合意以前の実損害が認められなかったということのようです。
 このように、本判決と控訴審判決では、Corebankを選定したことや、カスタマイズ・ベース・アプローチという開発方法を選択した点につきPM義務違反があったか否かの評価が分かれています。

 この点、本判決の判断には、被告が最終的にCorebankを利用した開発を断念したことや、プロジェクトがある程度進み、Corebankが本件では不適切であると認識され始めて以降、被告が自己の非を認めるような発言等をしていたことが大きく影響したものと思われます。
 しかしながら、問題は、本件プロジェクト開始前にCorebankを利用した開発方法を採用する方針を決定したことがPM義務に違反するか否かであって、受注が確定していない契約締結前の段階におけるベンダの判断につき、結果責任的にPM義務違反を認めてしまうことはベンダに酷であるというべきです。そこで、ベンダにどの時点でPM義務違反があったかを慎重に検討した控訴審判決の判断を支持したいと思います。

6 最後に

 本判決は、パッケージ型システム開発におけるPM義務違反について判断した事例判決であり、同種の事案において大変参考になると思われます。
 本件のようなシステム開発案件においては、ベンダとユーザの共同作業という側面から、両者の役割分担や責任の範囲について争いになりやすく、したがって、あらかじめ契約書で明確に規定しておくことが望まれるところです。

 契約書の作成・レビューや訴訟への対応についてお困りの際は、当事務所までお気軽にご相談ください。

以上