不更新条項に合意した有期雇用者の雇止めが認められた事例
(東京高裁平成24年9月20日判決:本田技研工業事件)

1 事案の概要

 平成9年12月1日から平成20年12月末日までの間、複数回の有期雇用契約の締結ないし更新がなされていたY社の従業員Xは、最後の有期雇用契約(平成20年12月1日から1ヶ月とするもの)の期間満了を理由に、有期雇用契約の更新を拒絶された。
 Xは、この更新拒絶(雇止め)が違法無効であるとして、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、当該契約に基づく賃金や慰労金等のほか、違法な雇止めによる慰謝料等の支払を求めた。

 なお、Xは、Y社との間で、おおむね3ヶ月以下の期間の有期雇用契約の締結と契約期間満了・退職を繰り返してきた(ほぼ1年ごとに退職し、数日から1ヶ月程度の無契約期間を経た上で、再入社していた。)。
 また、X・Y社間で取り交わされた最後の有期雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)には、「本契約は、前項(注:平成20年12月1日より平成20年12月31日までとする。)に定める期間の満了をもって終了とし、契約更新はしないものとする。」との不更新条項が設けられていた。その上で、Xは、平成20年12月18日付けで、契約期間満了により退職する旨を記載した退職届(以下「本件退職届」という。)を提出していた。

2 裁判経過

 第1審(東京地裁平成24年2月17日判決)は、結論として、Xの請求をいずれも棄却した。各争点についての裁判所の判断は、以下のとおりである。

  1. (1)

     X・Y社間の有期雇用契約は、以下の点から、実質的に期間の定めのない雇用契約とはいえない。

    1. (ア)Y社は、約1年ごとに期間契約社員との契約を更新せずに終了させた上で、再入社を希望する者について、改めて選考手続を踏まえるなどの対応をしていた。
    2. (イ)Xが長期間Y社で雇用されたのは、自らの意思に基づいた結果である。
    3. (ウ)期間契約社員との契約の更新手続は、前の契約期間中に新契約書を作成するなどしており、自動更新であったとは言い難い。
  2. (2)

     以下の点から、Xは、自らの意思に基づいて不更新条項のある本件雇用契約を締結したといえる。

    1. (ア)Xは、平成20年11月26日に開催された説明会に出席し、リーマンショックによる業績の低迷、部品生産の激減等についての説明を受けていた。
    2. (イ)同月28日に開催された説明会にも出席し、部品減産に対応した経営努力だけでは余剰労働力を吸収しきれず、そのために期間契約社員を全員雇止めにせざるを得ないことなどについての説明も受けていた。
    3. (ウ)Xは、不更新条項が盛り込まれていること、今回の雇止めが、これまでのような空白期間経過後の再入社を想定できるものではないことなどを十分理解して、任意に本件雇用契約書に署名した。
    4. (エ)説明会の開催から本件雇用契約書の作成、提出に至るまでの間、不更新条項を明示する有期雇用契約の締結の意思を形成する上で不合理な状況が存在したことを窺わせる事情は認められない。
  3. (3)

     本件退職届は、上記(2)の事情を踏まえると、Xが自らの意思に基づいて作成し、提出したものと認められる。

  4. (4)

     期間の定めのある雇用契約であっても、労働者が雇用継続に対する期待を有し、その期待利益に合理性があるときには、解雇権濫用法理を類推適用することがあるが、本件雇止めにおいては、以下の点から、Xが雇用継続に対する期待利益を有していたとはいえず、解雇権濫用法理の類推適用はできない。

    1. (ア)Xは、Y社の開催した説明会での説明を受け、平成20年12月末日をもって雇止めとなることを受け入れ、期待利益と相反する内容の不更新条項を盛り込んだ本件雇用契約書に署名した。
    2. (イ)同月18日には本件退職届も提出している。
    3. (ウ)本件雇用契約締結時点から、その契約期間満了日までの間、何らの不満も異議も述べていない。
    4. (エ)Xは、契約期間満了後に、清算金及び慰労金を異議なく受領した。
  5. (5)

     以上のとおり、本件雇止めは違法でなく、本件雇用契約は、平成20年12月31日の期間満了により終了したものといえるし、慰謝料請求にも理由がない。

3 本高裁判決の要旨

 本高裁判決は、第一審の判断を踏襲し、Xの請求をいずれも棄却した。その他、本高裁判決で指摘された点は、以下のとおりである。

  1. (1)

     Y社における期間契約社員の位置づけ
     Y社において、正社員と期間契約社員は、就業規則も採用手続も異なっている上、期間契約社員には更新手続があるものの、その在籍期間は短期間にとどまっている。そのため、正社員については長期雇用を前提としているのに対し、期間契約社員は、正社員の雇用継続を前提とした上で、景気変動、生産計画の変動等による製造ラインの需給調整に対応する臨時的・一時的雇用者として位置づけられるとした。

  2. (2)

     不更新条項について
     Xは、不更新条項のある本件雇用契約を締結することでXには得るものがなく、等価関係がないと主張するが、Xが自らの自由な意思に基づいて不更新条項を定める本件雇用契約を締結したと認められる場合に、等価関係の不存在のみを理由に不更新条項の効力を制限することはできない。

  3. (3)

     期待利益について
     従前更新があり得る内容の有期雇用契約を締結していた労働者が、不更新条項のある有期雇用契約を締結する際には、不更新条項に合意しなければ有期雇用契約が締結できない立場に置かれる一方、契約を締結した場合には、次回以降の更新がされない立場に置かれるという意味で、二者択一の立場に置かれることから、半ば強制的に自由な意思に基づかずに有期雇用契約を締結する場合も考えられ、そのような具体的事情が認められれば、不更新条項の効力が否定されることもあり得る。
     しかし、不更新条項を含む経緯や契約締結後の言動等をも併せ考慮して、労働者が次回は更新されないことを真に理解して契約を締結した場合には、雇用継続に対する合理的期待を放棄したものであり、不更新条項の効力を否定すべき理由はないから、解雇に関する法理の類推を否定すべきである。
     本件において、Xは、更新されないことを真に理解して本件雇用契約を締結したのであり、その後にその認識のままで本件退職届を提出しているから、雇用継続に対する合理的期待を放棄したものとして、解雇に関する法理の類推適用は否定すべきである。

4 考察

  1. (1)

     平成25年4月1日施行の改正労働契約法により、有期雇用契約が反復更新されて、通算5年を超えたときに、労働者の申込みによって、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるというルールが設けられたため、各企業としては、有期雇用契約を締結している労働者との関係をどうするか、試行錯誤しているところかと思います。 本高裁判決は、そのような有期雇用者との関係でY社が取った対応を容認したものとして参考になるといえます。

  2. (2)

     ただし、本事例のように不更新条項を設けた有期雇用契約書を作成するだけで、直ちに本事例と同様の結論を導けるとするのは早計であると考えます。本事例における有期雇用者は、上記3(1)のとおり、正社員とは明確に異なる位置づけにあるためです。
     有期雇用者が存在する企業においては、有期雇用者の就業規則、採用手続、業務内容が正社員のそれと区別できないケースも多く見受けられます。このような場合には、不更新条項を設けた有期雇用契約書に労働者が署名等したとしても、直ちにその効力が生ずるかは、慎重に検討する必要があると考えます。
     他方、雇用継続への期待の有無については、その雇用の臨時性・常用性、更新の回数、更新の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待を持たせる使用者の言動の有無などから総合的に判断されることになります。
     いったん労働者に雇用継続への期待が生じた場合、使用者が更新回数の上限を一方的に宣言しても、その期待は消滅せず、雇用の継続がないことが当事者で新たに合意された場合や、雇用の継続を期待しないことがむしろ合理的とみられるような事情の変更があった場合に、初めてその期待が消滅すると考えられています。
     本事例では、当事者間で新たに合意された場合にあたると判断されたのですが、これは、労働者が本件雇用契約の内容を真に理解して締結したといえることが前提となっています。
     この点については、企業側による説明の方法、回数、態様等を踏まえて判断されることになると思われますので、企業側の対応としても、十二分なものであることが必要になります。

  3. (3)

     有期雇用者を抱える企業は多く存在していますが、その雇用管理の問題は、どの企業でも直面するものであるといえます。各企業の実情は様々ですので、改正法の無期転換ルールに対応する方法を早期に講じることが肝要であると考えます。

以上