従業員の過労死と取締役の責任
(大阪高裁平成23年5月25日判決)

1 事案の概要

 全国チェーンの飲食店を経営するY社(東証一部上場企業)に新入社員として入社したA(24歳)が、入社後約4ヶ月で急性左心機能不全により死亡した。
 Aの両親Xら(本件の請求者)は、Aの死亡原因がY社での長時間労働にあるとして、同社に対し、不法行為または安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求するとともに、同社の取締役であるZ1(代表取締役)、Z2(専務取締役店舗本部長)、Z3(取締役第一支社長)、Z4(取締役管理本部長)に対しては、不法行為または会社法429条1項に基づく損害賠償を請求した。
 なお、労働基準監督署は、Aの死亡につき業務災害と判断している。

2 裁判経過

 第1審(京都地裁平成22年5月25日判決)は、Y社につき、安全配慮義務(具体的には、Aの労働時間を把握し、長時間労働とならないような体制をとり、一時、やむを得ず長時間労働となる期間があったとしても、それが恒常的にならないよう調整するなどし、労働時間、休憩時間及び休日等が適正になるよう注意すべき義務)を負っているところ、本件において、Y社はこの義務を怠っていたから、不法行為上の責任を負うべきであることは明らかであるとした。
 一方、Y社の取締役であるZ1らの責任については、取締役は会社に対する善管注意義務として、会社の使用者としての立場から労働者の安全に配慮すべき義務を負うところ、Z1らは、労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っていたにもかかわらず、労働時間が過重にならないよう適切な体制を取らなかったのであるから、悪意又は重大な過失により、任務を懈怠したとして、会社法429条1項に基づく責任を負うとした。

3 結論

 Y社やZ1らの控訴を棄却し、第1審同様、Y社に対して、Xらに対する損害賠償金の支払いを命じるとともに、Z1らY社の取締役に対しても、Y社と同額の賠償金の支払いを命じた。

4 判決要旨

  • (1)

     厚生労働省の通達(「現行認定基準」)【※1】の内容を、本件において、(業務とAの死亡との因果関係を判断するための)経験則として重視することに何らの問題もないというべきである。

    【※1】「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平成13年12月12日基発第1063号)

  • (2)

     Y社の給与体系では、80時間の固定時間外労働手当及び固定深夜勤務手当を「役割給」という用語で表示しているが、少なくとも一般職に関する限り、単に社員の募集にあたり給与条件を実際以上によく見せるためだけに作用するにすぎず、長時間労働の抑制に働くとはいえないから、80時間の時間外労働を組み込んだ給与体系であると評価されてもやむを得ないものである。また、三六協定において特別延長条項が存在しているが、それにより時間外労働が増えたというより、過大な時間外労働を行わせることが常態化しており、それを少しでも法的に許される形にするために存在しているものという方が実情に近いと考えられる。

  • (3)

     Y社としては、現行認定基準をも考慮にいれて、社員の長時間労働を抑制する措置をとることが要請されており、その際、現実に社員が長時間労働を行っていることを認識し、あるいは容易に認識可能であったにもかかわらず、長時間労働による災害から労働者を守るための適切な措置をとらないことによって災害が発生すれば、安全配慮義務に違反したと評価されることは当然のことである。

  • (4)

     取締役は、会社に対する善管注意義務として、会社が使用者としての安全配慮義務に反して、労働者の生命、健康を損なう事態を招くことのないよう注意する義務を負い、これを懈怠して労働者に損害を与えた場合には会社法429条1項の責任を負うと解するのが相当である。

  • (5)

     当裁判所は、Y社の労働者の至高の法益である生命・健康の重大さに鑑みて、これにより高い価値を置くべきであると考慮するものであって、Y社において現実に全社的かつ恒常的に存在していた社員の長時間労働について、これを抑制する措置がとられていなかったことをもって安全配慮義務違反と判断しており、Z1らの責任についても、現実に従業員の多数が長時間労働に従事していることを認識していたかあるいは極めて容易に認識し得たにもかかわらず、Y社はこれを放置させ是正させるための措置を取らせていなかったことをもって善管注意義務違反があると判断するものである。なお、不法行為責任についても同断である。

  • (6)

     自社の労働者の勤務実態についてZ1らが極めて深い関心を寄せるであろうことは当然のことであって、責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは自明であり、この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合においては悪意又は重過失が認められるのはやむを得ないところである。なお、不法行為についても同断である。

5 考察

  • (1)

     本判決で認定されたAの労働時間は、

    総労働時間数時間外労働時間数
    死亡前の1ヶ月間237時間34分95時間58分
    2ヶ月目273時間41分105時間41分
    3ヶ月目302時間11分129時間06分
    4か月目251時間06分78時間12分

    である。
     現行認定基準では、発症前1ヶ月間におおむね100時間または発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって、1ヶ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価されているところ、Aの労働時間は上記のとおりであり、現行認定基準によれば、長時間労働と心疾患発症との間に因果関係があると判断されてもやむを得ないと思われる。

  • (2)

     本判決では、従業員による長時間労働を是正させるための措置を会社に取らせていなかったことが、取締役としての善管注意義務に違反すると判断されている。つまり、取締役の義務として、長時間労働を抑制するための措置を講じなければならないことになる。
     また、取締役がその義務を怠ったことによって労働者が死に至った場合には、悪意又は重過失が認められる(=賠償責任を負う)とされている。とすると、取締役の方で、悪意又は重過失のないことを積極的に主張・立証していかなければならないが、本判決では、どの程度の措置を講じておけば、悪意又は重過失がないと判断されるかまでは判然としない。

  • (3)

     Y社は、ほぼ全国にわたって600以上の店舗を展開し、2000人以上の従業員を雇用するなど、企業規模が大きい会社であったため、取締役が一従業員の労働時間を把握・管理する立場にはない。
     第1審判決では、この点を踏まえて、不法行為上の責任は否定されたが、本判決では、生命・健康は「労働者の至高の法益」であり、これに、より高い価値を置くべきであるとして、上記の義務を果たしていない取締役に対して、会社法上の責任のみならず、不法行為上の責任をも認めた。

  • (4)

     Y社及びZ1らは、最高裁に上告等したため、本判決の内容が確定したわけではないが、本判決は、企業のみならず、取締役としても、従業員の労働実態に大いなる関心を持ち、長時間労働が恒常化することのないように、適切な措置を講じる必要があるとしている。
     企業経営者や企業の役員にとって、本判決の存在は重く、その内容を真摯に受け止める必要があると考える。

以上