期間の定めのない継続的取引を解約するには一定の予告期間か損失補償が必要であり、それを欠いた解約は債務不履行を構成し、損害賠償責任を負うとした事案
(東京地裁平成22年7月30日判決)
2011年9月1日
1 事案の概要
ワイン輸入販売会社であるX社は、海外のワインメーカーであるY社との間で、ワインの輸入販売を内容とする販売代理店契約を締結し、以後、18年に渡って取引を継続していました。
ところがその後、Y社から、X社に対し、4ヶ月後に販売代理店契約を解約するとの通知がなされました。なお、X社には解約されるような債務不履行はありませんでした。
そこで、X社は、販売代理店契約の解約には少なくとも1年間の予告期間を置くべきであり、Y社の行為はこの義務に違反する等と主張して、Y社に対し、債務不履行等に基づく損害賠償を求めました。
2 判決の要旨
(1)東京地方裁判所は、「Y社が販売代理店契約を解約するには、1年の予告期間を設けるか、その期間に相当する損失を補償すべき義務を負うものと解される」「しかるに、Y社が損失補償をしないまま予告期間を4ヶ月とする解約をしたのは、販売代理店契約上の義務に違反するものであって、債務不履行に当たる」と判断しました。
(2)その理由について、裁判所は、まず、①X社とY社間の販売代理店契約が18年という長期にわたり継続されてきたこと、②その間にX社が日本におけるY社ワインの売り上げを大幅に伸ばしてきたこと等の事実を認定しました。
その上で、上記事実認定を前提に、X社において将来にわたってY社ワインが継続的に供給されると信頼することは保護に値するものと評価し、上記(1)のとおり、販売代理店契約の解約には、1年の予告期間を設けるか、その期間に相当する損失を補償すべき義務を負うと判断しました。
3 考察
(1)本事案のような継続的取引契約における一方的解約の可否については、①解約は自由、②解約にはやむを得ない事由が必要、③解約は自由だが損害賠償責任を負う、④解除には予告期間が必要、といった様々な学説・裁判例が存在します。
これは、解約したい側と、される側の利益調整をどのように図るかという問題です。
(2)ただ、契約の一方当事者がもはや継続を望んでいないのになおも契約で縛り続けるというのは、個人の自由の観点からしますと、決して健全な状態とは言えません。
そこで最近は、期間の定めのない継続的取引契約については、原則として解約自体は認めつつ、契約相手方の保護については、一定の予告期間を置くこと等で調整する、という考え方が有力になっています。
なお、この有力説の場合、具体的な予告期間については、事案ごとに、取引の性質、実情、契約相手方の状況等に応じて、合理的期間を設定すべきとされています。
(3)本裁判例も、上記(2)の有力説と同様の考えに則り、Y社が解約を希望する以上、解約自体は認めつつ、X社の保護については合理的な予告期間を設定することで調整を図るべきとしたものです。
また、具体的な予告期間については、契約が18年もの長期にわたっており、その間、X社がY社ワインの売上げを大幅に伸ばしている等の事情から、X社としては契約が今後も続くものと期待し、信頼するのは自然なことであり、それを短期間の予告でもって一方的に奪うことはX社の被る不利益が大きいとの考えから、継続的取引の解消事案としては比較的長めな「1年」の予告期間を置くべき(又はそれに代わる損失補償をすべき)と判断したものと考えられます。
(4)なお、本事案では上記の他、①契約書を欠いた状態で継続的な販売代理店契約の成立が認められるか否か、②X社が請求できる賠償額等についても争われましたが、裁判所は、①については継続的な一連の取引経緯から契約成立を認め、②については契約が続いていればX社が得られたはずの売上総利益から(反面、解約により支出せずに済んだ)販売直接費・販売管理費を控除した「営業利益」をもって損害額とするとの考え方を示しています。
3 実務上のアドバイス
(1)以上のとおり、継続的取引契約の解約が可能か否かは以前より議論がありましたが、最近は、解約自体は認めつつ、予告期間や金銭保証で相手方の利益との調整を図るという考え方が有力になりつつあります。
本裁判例はあくまで期間の定めのない継続的取引契約についてのものではありますが、期間の定めがある契約の中途解約についても、期間の定めのない場合に比べて解約を認めることの必要性は一段落ちるものの、同様の問題は生じ得るところです。
(2)契約実務においては、中途解約の可否やその条件についての規定が置かれていないものが時折見受けられます。しかし、解約を希望する側からしますと、この点について明記しませんと、いざ解約しようとした場合に思わぬ期間制限や金銭補償義務を課される等、リスク要因となりかねません。
一方、解約を希望しない側からしても、上記裁判例からすれば、合理的な予告期間を置きさえすれば解約自体は認められる可能性が高いことになりますので、解約の可否や条件について明文で制限することが重要です。
なお、実務上多くみられる業務委託契約や代理店契約については、法的にはそれぞれ(準)委任契約、代理商契約として整理される可能性が高く、その場合、委託者側からの解約自由が明文で認められているため(民法651条1項、商法30条、会社法19条)、解約リスクは他の契約類型以上に高いものとなります。この点のリスクをヘッジするためには、契約上、上記各条項(民法651条)を適用しない旨を明記する等の手当が重要となります。
以上