(第37回)[商業登記編]
キャッシュ・アウトにおける会社法改正
2015年8月1日
当社は、株式譲渡制限規定のある非公開会社です。
代表取締役である私が90%の株式を保有していますが、残り10%を創業時の役員が保有しています。
当社取締役を退任するにもかかわらず、株式を手放さない者から強制的に株式を取得する、いわゆるキャッシュ・アウトをしたいと考えていますが、どのような方法があるでしょうか。
また、キャッシュ・アウトの制度は改正があったとき聞きましたが、具体的にはどのような改正があったのでしょうか。
1.キャッシュ・アウトとは?
平成27年5月1日施行の平成26年会社法改正(以下「本改正」といいます。)において、大きな柱の一つとして、キャッシュ・アウトに関する規律の見直しがあります。
キャッシュ・アウトとは、現金を対価として少数株主を強制的に企業から退出させる(少数株主排除)ことであり、スクイーズ・アウトとも呼ばれます。
キャッシュ・アウトの主な活用法としては、上場企業の非上場化があります。マネジメント・バイアウトなど、対象上場企業を買受先の完全子会社とするための買収前提として行われることが多いです。
但し、本事例のように、上場企業に限らず、株式上場を目指す非上場のベンチャー企業において、取締役兼少数株主の創業メンバーとオーナー株主(70%~90%超の株式を保有)兼代表取締役との間に軋轢が生じ、オーナー株主が、他の創業メンバーの株式を取得したいと考えることが間々あります。
その際、当該株主との間の交渉で任意取得できれば問題ありませんが、概ね企業の業績が好調時にこそ、このような軋轢が生じることが少なく無く、取締役は退任するものの、株式は手放さないというケースもあります。
そのような場合に、非上場企業においても、キャッシュ・アウト制度を検討・利用することがあります。
キャッシュ・アウトの制度は、いくつかの手法がありますが、本改正前においては、税制上の理由などにより、主に全部取得条項付種類株式(以下「全部取得種類株式」といいます。)を用いて行われてきたと考えます。
しかし、本改正において、全部取得種類株式を用いてキャッシュ・アウトをする場合の手続の改正並びに株式等売渡請求(以下「売渡請求」という。)制度が創設されました。
2.本改正前~全部取得条項付種類株式を用いたキャッシュ・アウト制度の概要~
本改正前において、キャッシュ・アウトを実施したい株式会社(以下「当該会社」といいます。)が、全部取得種類株式を用いて行う場合、一般的に株主総会で必要となる決議は以下の(1)~(3)です。これらは同一の株主総会で一括して決議をすることが多いです。
なお、(2)について、普通株主に係る種類株主総会が別途必要なため、当該種類株主総会についても、(1)~(3)を決議する株主総会と同日付で行うことが一般的です。
- (1) 種類株式を発行する旨の定款の定めを設ける決議
=種類株式発行会社となる
残余財産優先株式を普通株式とは別の種類株式(A種株式)とすることが多い - (2) 債既発行の株式(普通株式)について、全部取得条項を付する内容の定款変更決議
- (3) 普通株式を全部取得条項に基づき、全部取得する旨の決議
=取得対価は、A種株式
但し、原則として、オーナー株主以外の株主には、1株未満の端数のみ割当るよう、 割合を調整する(少数株主排除となる)
3.本改正後~全部取得条項付種類株式に関する改正
それをふまえ、本改正において、全部取得種類株式の取得(以下「当該取得」といいます。)に関して主に以下の点が改正されました。
(1) 株主に対する通知・公告手続の新設
株主に対する通知・公告(会社法172条)の手続が新設された。
当該会社は、当該取得日の20日前までに、株主に対し、当該取得をする旨を通知する必要がある。当該通知については、公告に代えることが可能である。(2) 事前備置・事後備置手続の新設
当該取得を行う場合の事前備置・事後備置手続(会社法171条の2、173条の2)が新設された。
当該会社は、事前備置手続として、株主総会の日の2週間前の日又は株主に対する通知・公告のいずれか早い日から当該取得日後6か月を経過する日までの間、当該取得に係る株主総会決議事項等(会社法171条、会社法施行規則33条の2)を記載した書面を備置きする必要がある。
他方で、当該会社は、事後備置手続として、当該取得日から6か月間、当該取得日等(会社法施行規則33条の3)を記載した書面を備置きする必要がある。
手続の詳細は省くが、キャッシュ・アウトに活用されていることから、組織再編に準じた手続と考え、これらの制度が新設されたとされている。
上記2点以外に、株式買取請求に関する部分の改正などもあり、本改正前に比べ、手続が煩雑化したので、利用が減少するのではという意見もありますが、当方としてはそうは考えません。
むしろ、会社法上の手続の透明性が増したことにより、中小企業・ベンチャー企業でも利用しやすくなったのではと考えます。
勿論、本改正だけをもって、中小企業・ベンチャー企業でキャッシュ・アウトが活発化・トラブルの早期解決化となるとは考え難いですが、手続の透明性が増したこと・また本改正後もキャッシュ・アウトの制度が上場企業に限定されなかったことを鑑みれば、これら一連の手続を粛々と進めることにより、金銭(株価)の問題はともかくとしても、手続の不相当さ等を理由とした、株主総会の無効確認訴訟等を事後的に起こされる又は裁判所に認められるリスクは減少するのではと考えます。
また、株式併合に関しても同様の改正がなされており、株式併合をキャッシュ・アウトに活用することも今後は考えられます。
4.本改正後~株式等売渡請求制度の創設
キャッシュ・アウト制度の最も大きな改正は、売渡請求制度の創設と考えます。
全部取得種類株式など、他のキャッシュ・アウトの制度は、いずれも元々キャッシュ・アウトを目的として創設された制度ではなく、単にキャッシュ・アウトを達成するために便利なので活用していたに過ぎないところ、売渡請求制度は、まさにキャッシュ・アウトのために創設された制度という点が、他と大きく異なるからです。
売渡請求制度は、当該会社の議決権の90%以上を保有する株主(以下「特別支配株主」といいます。)が、当該会社の株主総会の決議を有することなく、少数株主(特別支配株主以外の全員を対象とする必要があります。)に対してその保有する株式及び新株予約権を売り渡すよう請求できる制度です。
90%以上の議決権が必要なので、ハードルは低くありませんが、本事例のように中小企業・ベンチャー企業のオーナー株主の場合には要件を満たすケースは少なく無いでしょう。
仮に、現時点では、オーナー株主が90%以上を保有していなかったとしても、前提として株式譲渡の交渉などをまず行い、オーナー株主が90%以上を保有できた場合に、残りの少数株主に対して、売渡請求制度を活用して取得するということも考えられます。
売渡請求制度の一般的な流れは以下のとおりです(会社法179条~179条の5)。
- (1) 特別支配株主から当該会社に対する通知
- (2) 当該会社による取締役会での承認・当該会社から特別支配株主に対する通知
- (3) 当該会社から売渡対象株主に対する通知
- (4) 当該会社による事前備置
- (5) 取得日における効力発生
- (6) 当該会社による事後備置
5.当事務所に依頼することのメリット
キャッシュ・アウトを実行する場合、単に必要な登記手続等を行うだけでなく、スキーム段階から妥当性・適法性などを慎重に検討する必要があり、弁護士に依頼・相談すべき事項が多々あります。
当事務所であれば、弁護士と司法書士がそれぞれの専門分野の観点から、ワンストップサービスを実践しているというメリットがあります。
本件の事例に限らず、キャッシュ・アウトを検討している企業がありましたら、お気軽にご相談ください。
以上