(第36回)[商業登記編]
監査役の監査権限の範囲が登記事項に

当社は、100%子会社(以下「子会社」といいます。)を全国の拠点ごとに複数所有しています。
いずれの子会社も取締役会・監査役を設置しています。
しかし、監査役は、当社の監査役が兼任しているため、子会社の監査権限を定款で「会計監査に限定する」旨を定めています。
監査役の監査権限の範囲が登記事項になるとの改正があったと聞きましたが、具体的にはどのような改正があったのでしょうか。

1.会計監査限定の定款の定め

 現在、監査役を置いている多くの中小企業・ベンチャー企業においては、監査役の監査権限につき、「会計監査に限定する」旨の定款規定(以下「本定款規定」といいます。)を定めています(会社法389条1項)。
 業務監査権まである通常の監査役と異なり、監査役の取締役会への出席義務が無くなるなど、便利だからです(会社法389条7項、383条)。
 そもそも、会社法の施行により、株式会社(以下「会社」といいます。)の機関設計が柔軟化されたため、創業当初の会社などは、監査役を設置せずに、役員が取締役1名~2名のみの会社も少なくありません(会社法326条、327条)。
 しかし、会社法施行前から存在する株式会社の場合は、取締役会(取締役最低3名)+監査役の設置が義務付けられていたため、中小企業であっても監査役を置く必要がありました。
 とはいえ、監査役のなり手は、社長の親族であるとか、顧問税理士に名前だけ借りているケースが少なくありませんでした。
 また、設例のように、グループ企業の子会社においても、監査役は、本社の財務部等の人間が複数の子会社の監査役を兼任しているケースが多く見受けられます。
 そのような場合、実際に取締役会に出席することが困難であるため、定時株主総会における計算書類の監査は行うものの、業務執行に関する決議を行う取締役会への出席義務が無くなる本定款規定は、会社・監査役の双方にとって有益かと考えます。

2.本定款規定の問題点

 会社法上、監査役設置会社は、業務監査権のある監査役を設置する会社に限られます(会社法2条9号)。
 したがって、本定款規定がある会社は、会社法上の監査役設置会社ではありません。
 しかし、登記簿上は、いずれの場合も監査役設置会社として登記がされるため、会社の登記簿謄本(履歴事項証明書。以下同じ。)を見ただけでは、当該会社が会社法上の監査役設置会社であるかどうかの判断ができませんでした。

 法務局でも不都合が生じることがあり、例えば、役員の責任免除規定(責任免除規定の詳細な解説は、登記相談Q&A第28回を参照ください。)を新規に設定する場合、当該会社は、会社法上の監査役設置会社である必要があるものの、責任免除規定の設定登記を申請する場合には、当該会社の定款全文を添付する必要が無いため、本定款規定が当該会社にあるにもかかわらず、責任免除規定の設定登記が却下されずに登記が完了するなどの問題が発生していました。

3.会社法の改正

 平成27年5月1日付で、改正会社法が施行されました。
 上記2.記載の問題点を解消するため、本定款規定が、登記事項(以下「本登記事項」といいます。)になりました。
 したがって、今後は、本定款規定を置く場合には、監査役の氏名以外に、本定款規定の登記もする必要があります。
 これにより、監査役の権限の範囲が、会社の登記簿謄本を見れば明らかとなったので、当該会社が、会社法上の監査役設置会社であるかどうかが、判断しやすくなりました。

4.登記手続上の経過措置

 本定款規定がある既存の会社についても、本登記事項を登記する必要があります。
 しかし、経過措置があり、一定期間、登記することが猶予されています。
 具体的には、改正会社法施行後、当該会社の監査役が最初に就任又は退任するまでの間は、登記をすることを要しない(会社法改正附則22条1項)とされています。
 そのため、既存の会社の場合には、監査役が任期満了する等、次に監査役の変更登記を申請するときまでは、本登記事項の登記申請が不要です。
 とはいえ、次に監査役の任期が満了するのが何年も先という会社もあり、いざ申請が必要な段になってからとなりますと、本登記事項を併せて登記するのを失念する可能性もあります。
 そこで、取締役の改選期が先に来る場合には、当該改選期に基づく取締役の変更(再任)登記と併せて、本登記事項の登記もしておくことをお勧めします。
 本登記事項の登録免許税は、役員変更と同じ課税根拠なので、取締役の変更登記と併せて申請しても、追加の登録免許税が不要だからです。

 なお、既存の会社が本登記事項の登記をする場合の添付書類は、原則として、本定款規定のある定款を添付すれば、足ります。

5.当事務所に依頼することのメリット

 上記の点は、改正後間もないこともあり、法務局の運用が固まっていないため、登記申請をする際には注意が必要です。
 当方であれば、多数の企業から商業登記手続の依頼・相談を受けているという実績があるため、本改正に関する質問等も既に多数受けており、適切なアドバイスが可能です。
 本件の事例に限らず、役員変更を検討している企業がありましたら、お気軽にご相談ください。

以上