(第34回)[商業登記編]
事業譲渡における免責登記の活用法と留意点

当社は、食品開発・製造等を行う会社ですが、今後、飲食店の経営も考え、子会社を設立した上で、既に飲食店を経営しているA社から、飲食店の店舗名(屋号)も引き継ぐ形式での事業譲渡を考えております。
A社は多角経営をしているため負債も多く、店舗名を引き継ぐ場合であってもA社の債権者から当社が支払の請求を受けないようにするためには、どのような方法があるでしょうか。

1.事業譲渡とは

 事業譲渡とは、株式会社が事業を取引行為として他に譲渡する行為のことです。一定の権利義務を包括的に承継する合併や会社分割と異なり、事業譲渡はあくまで当事者間の契約に基づいた権利義務のみが譲渡会社(本事例でいえば「A社」)から譲受会社(本事例でいえば「当社」)に移転します。

 なお、事業譲渡は契約ですが、譲渡会社の全部の事業を譲渡することも可能であり、契約の内容によっては包括的な譲渡が可能であるため、合併・会社分割と同様に、組織再編手法の選択肢の1つとして検討・利用がなされています。
 他の組織再編手法に比べ、債権者保護手続(債権者保護手続の内容については、登記相談Q&A第7回参照)が不要であるため、スケジュールが柔軟になるなどのメリットがあるため、活用されるケースは少なくありません。
 事業譲渡をする場合に、一般的に必要となる会社法の手続は以下のとおりです(会社法467条・469条等)。

<手続スケジュール>

  1. ①事業譲渡契約の作成・締結
  2. ②取締役会・株主総会の承認
  3. ③株主に対する事業譲渡をする旨の通知又は公告
  4. ④事業譲渡の効力発生

 必要に応じて、秘密保持契約の締結、公正取引委員会への届出、個別の権利関係の移転行為などを行うことになりますが、事業譲渡自体に会社法上要求されている行為は、他の組織再編行為に比べ、非常に簡素化しています。
 また、株主総会の承認が不要となる簡易事業譲渡や略式事業譲渡についても、一定の要件を満たせば可能です(会社法468条)。

2.免責登記の活用

 事業譲渡においては、事業譲渡契約において引受けすると定めた譲渡会社の債務のみが、譲受会社に移転します。
 しかし、会社法22条1項に基づき、譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、譲渡会社の当該事業によって生じた債務を譲受会社も弁済する責任を負うことになります。
 そこで、譲受会社が想定外の債務を負担することを避けるために、上記債務を弁済する責任を負わない旨の登記をすることが可能です(会社法22条2項)。これを免責登記といいます。
 譲受人が免責登記をするためには、譲渡人の承諾が必要になりますが、債権者等その他第三者の承諾は不要です。
 譲受会社が事業譲渡時に商号を変更して譲渡会社の事業を継続する場合には、念のため免責登記をしておくべきと考えます。
 事業譲渡自体の効力とは直接関係がないため、失念しがちな登記ですが、グループ間以外の事業譲渡で、商号を引き継ぐ場合には免責登記の必要性を検討することをお勧めします。
 なお、免責登記は、会社分割の場合にも準用されています。新設分割で設立会社が分割会社の商号を引き継ぐ場合には登記可能と解されています。

3.店舗名(屋号)を引き継ぐ場合の留意点

 本事例のように、譲受会社が譲渡会社の商号を引き継がないものの(譲受会社の商号変更はしない)、譲渡会社が経営している店舗名(屋号)を引き継ぐというケースも少なくありません。
 この場合、商号を使用しているわけではないので、免責登記をすることが出来ないという考え方もあります。
 しかし、店舗名(屋号)が引き継がれた場合にも、商号が引き継がれた場合と同様に、譲受会社が譲渡会社の債務を負うと認めた裁判例があるため、本事例のようなケースであっても、免責登記を認めなければ、譲受会社にとって不都合が生じることは少なくないと考えます。

 そこで、店舗名(屋号)のみを引き継ぐ場合であっても、免責登記を認めるというのが、登記実務の原則的な考え方であり、当方も本事例と同様のケースで、免責登記を行ったことが何度もあります。
 但し、会社法の条文上は、商号の引き継ぎがあった場合に限って免責登記を認めているかのように読めるため、本事例のようなケースの免責登記につき、消極的に判断している法務局(登記官)も少なくありません。
 そのため、本事例のようなケースの免責登記をする場合には、必ず事前に管轄法務局と協議をし、免責登記が可能であることの了承を得ておく必要があります。
 当方が過去に経験した事例ですが、事前に管轄法務局と協議をしたものの、免責登記が可能との判断決定を管轄法務局が行うまでに1か月半以上要したケースがありますので、スケジュールにはご留意ください。

4.当事務所に依頼することのメリット

 事業譲渡をする場合、事業譲渡自体に登記は不要ですが、事業譲渡に付随して各種登記が必要になることが多々あります。上記2.の免責登記だけでなく、不動産を移転する場合は権利移転の不動産登記が必要であり、債権や動産を移転する場合には、債権譲渡登記・動産譲渡登記が必要になることもあります。
 また、登記手続だけでなく、実体法の側面から、事業譲渡契約書の作成など、弁護士に依頼・相談すべき事項も多々あります。
 当事務所であれば、弁護士と司法書士がそれぞれの専門分野の観点から、ワンストップサービスを実践しているというメリットがあります。
 本件の事例に限らず、事業譲渡を検討している企業がありましたら、お気軽にご相談ください。

以上