(第2回)[不動産登記編]
融資金の借主と担保物件の所有者が異なる場合の注意点-社長と会社の関係-
2011年7月1日
私は、A株式会社(取締役会設置会社)の社長ですが、A株式会社の株主は私一人であり、他の役員も私の妻と子供達であるため、いわゆる同族会社です。
A株式会社が運転資金を理由に銀行から融資を受ける予定ですが、会社所有の不動産以外に、私個人の所有不動産(自宅)にも担保として抵当権の設定を求められました。何か注意すべき点はあるでしょうか?
他方で、私が個人的に出資をしている投資ファンドの出資金とするために、個人的に銀行より融資を受けようと考えていますが、銀行から会社所有の不動産にも担保として抵当権を設定することを求められました。登記をする上で何か特別な手続きが必要でしょうか?
1.会社の借金について、社長個人の所有不動産を担保にする場合
前段の事例のように、社長のワンマン経営の中小企業の場合には、社長=会社なので、金融機関から融資を受ける場合、社長が連帯保証人となることや社長の自宅に抵当権を設定することを求められることがほとんどです。個人所有の不動産を担保として差し出すことを断ると、融資が受けられないことがほとんどでしょうから、中小企業を経営する上で、個人所有の不動産を担保として差し出すことは、ある程度やむを得ないことです。
なお、一見すると会社と社長との利害が対立しているため、利益相反取引に該当しそうですが、社長個人の所有不動産を会社の借金の担保に差し出す行為は、会社にとってはデメリットがないので、会社法上の利益相反取引には該当しません。
したがって、登記手続も、借主(=債務者)と抵当権設定者(=不動産所有者)が同じ場合と同様です。
ちなみに、会社が借金の返済をすることが出来なくなった場合には、抵当権が実行され、不動産を明け渡す必要がでてきます。そうすると会社の倒産と同時に家族が住む家も失うことになり、再出発が困難になります。
そのような弊害を極力減らすために注目されている融資制度が、不動産融資に固執しない、ABL(アセット・ベースト・レンティング)です。
具体的には、企業の売掛金や在庫動産といった企業収益を生み出す資産に着目して、売掛金・在庫動産を一体として担保取得し、融資をする制度です。
これによって、中小企業では、自己の商品又は商品販売から発生する売掛金を担保に金融機関から資金調達が可能となるため、資金調達手段が多様化し、さらなる設備投資・商品仕入をするための資金を調達しやすくなることが期待されています。会社側としては安易に社長の個人保証や担保権の設定に応じるのではなく、在庫商品が発生しやすい会社や、売掛金が恒常的に発生する会社では、今後はこういった融資制度が活用できないか金融機関と相談することをお勧めします。
2.社長個人の借金について、会社の所有不動産を担保にする場合
後段の事例のように社長個人の借金を担保するために会社財産に抵当権を設定する行為は、会社法上の利益相反取引に該当し、取締役会決議の承認が必要となります(会社法356条、同365条)。当該取締役会決議には、特別の利害関係のある社長は参加することが出来ず、残りの取締役の過半数の承認が必要となります。この法律は同族会社であっても、一部上場しているような大会社であっても同様に適用があります。
当該取締役会決議については取締役会議事録を作成し、登記申請書に添付する必要があります。取締役会議事録には出席した取締役・監査役全員が記名押印(実印)し、各役員の印鑑証明書を添付する必要があります。
なお、利益相反取引の承認機関は、取締役会非設置会社の場合には株主総会決議です。したがって、株主が社長一人の会社の場合には、取締役会の決議よりも株主総会の承認の方が得やすいでしょう。そうであれば、取締役会を廃止するという選択もあり得るかと考えます。
3.登記申請の方法
金融機関から融資を受けて抵当権を設定する場合、金融機関指定の司法書士が登記手続を行うことがほとんどです。基本的にはその指示に従えば足りますが、会社と司法書士との間に信頼関係が構築できていないため、案内が不十分のことが多々あります。その場合でも上記流れや添付書類の内容を予め会社の方でも理解しておけば、書類の再取得などの無駄がなくなるでしょう。また、金融機関から自由に司法書士を選んでいいと言われた場合には、会社が信頼できる司法書士を自分で探すことをお勧めします。
なお、2.の事例の登記申請(1.の事例は通常の抵当権設定登記なので、記載を省略します。)をする場合の添付書類は下記の通りです。
記
2.の事例の場合の抵当権設定登記
(1)登記原因証明情報(抵当権設定契約書)
(2)A株式会社の印鑑証明書
(3)本件不動産の登記済権利証(又は登記識別情報)
(4)利益相反取引の承認についての取締役会議事録
(5)(4)の取締役会議事録に捺印した取締役・監査役全員の印鑑証明書
(6)A株式会社の商業登記簿謄本(履歴事項証明書)
(7)銀行の商業登記簿謄本(履歴事項証明書)
以上