平成30年消費者契約法改正
2020年2月1日
1 はじめに
消費者契約法の改正を定めた「消費者契約法の一部を改正する法律」(平成30年法律第54号)が平成30年6月15日に公布され、令和元年6月15日から施行されています。
今回の改正では、実際に多く寄せられた相談事例や被害事例を類型化したものが、契約の取消事由(契約を取り消しうる不当な勧誘行為)として追加されました。また、消費者の利益を不当に害するとして無効となる契約条項も追加されました。その他、不利益事実の不告知の要件が緩和され、事業者の努力義務の内容がより具体的に定められるなど、事業者として対応すべき内容の改正となっています。
以下、今回の改正の概要を説明していきます。
2 契約の取消事由(取り消しうる不当な勧誘行為)の追加
消費者契約法(以下、「法」といいます。)では、事業者が契約締結の勧誘をするに際し、一定の行為により消費者を困惑させ、これによって消費者が契約締結に至った場合には、消費者が当該契約を取り消すことができるとしています(法4条3項)。今回の改正では、このような取消事由となる不当な勧誘行為が追加されました。以下、追加された勧誘行為についてみていきたいと思います。
(1)不安をあおる告知(3号)
消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、進学、就職、結婚、生計その他の社会生活上の重要な事項又は容姿、体型その他の身体の特徴若しくは状況に関する重要な事項に対する願望の実現に過大な不安を抱いていることを知りながら、その不安をあおり、裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに、契約の目的となるものが当該願望を実現するために必要である旨を告げること。
本号は、事業者が、社会生活上の経験が乏しい消費者の不安に付け込み、自由な判断をすることができない状況に陥れて契約を締結するような場合に契約の取消しを認めたものです。
例えば、肌に不安をもつ若者に対し、化粧品販売業者がそのことを知りながら、「このままではあなたの肌はどんどんボロボロになっていく。そうならないためにはこの化粧品を使う必要がある。」と告げて化粧品を買わせるような場合が本号の対象となります。
(2)人間関係の濫用(4号)
消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、契約の締結について勧誘を行う者に対して恋愛感情その他の好意の感情を抱き、かつ、当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信していることを知りながら、これに乗じ、契約を締結しなければ当該勧誘を行う者との関係が破綻することになる旨を告げること。
典型例は、いわゆるデート商法であり、消費者の恋愛感情に付け込み、関係の破綻をほのめかして高価な絵画を買わせるような場合が本号の対象となります。
(3)判断力の低下の不当な利用(5号)
消費者が、加齢又は心身の故障によりその判断力が著しく低下していることから、生計、健康その他の事項に関しその現在の生活の維持に過大な不安を抱いていることを知りながら、その不安をあおり、裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに、契約を締結しなければその現在の生活の維持が困難となる旨を告げること。
本号は、高齢・認知症等の理由により判断力が著しく低下している消費者の不安に付け込み、自由な判断をすることができない状況に陥れて契約を締結するような場合に契約の取消しを認めたものです。
例えば、高齢で判断力が著しく低下した消費者の不安を知りながら、「このサプリメントを毎日摂取しなければ、健康がどんどん損なわれていく。」と告げて、サプリメントを買わせた場合には、本号によりサプリメントの売買契約を取り消される可能性があります。
(4)霊感等による知見を用いた告知(6号)
消費者に対し、霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、そのままでは当該消費者に重大な不利益を与える事態が生ずる旨を示してその不安をあおり、契約を締結することにより確実にその重大な不利益を回避することができる旨を告げること。
典型例は、いわゆる霊感商法であり、例えば、占いを行う事業者が消費者に対し、「私には霊が見えるが、あなたには悪霊が取り付いており、このままでは良くないことが起こる。この壺を家に置いておくと、そのような事態を確実に防ぐことができる。」と言って壺を購入させるような場合が本号の対象となります。
(5)契約締結前の債務の内容の実施(7号)
消費者が契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該契約を締結したならば負うこととなる義務の内容の全部又は一部を実施し、その実施前の原状の回復を著しく困難にすること。
本号及び次号は、事業者が契約締結前に当該契約上の債務の内容の実施など一定の行為をしてしまうことにより、消費者が断りづらい状況を作り出し、契約を締結するような場合に当該契約の取消しを認めたものです。
例えば、家具販売業者にカーテン購入の相談をしていたところ、消費者の自宅の窓の寸法に合わせて売り物のカーテン生地を切られてしまったため、消費者が断れなくなり、当該カーテンを購入したような場合、本号に該当することとなります。
(6)契約締結前の事業活動の実施と損失補償の請求等(8号)
消費者が契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、事業者が調査、情報の提供、物品の調達その他の契約の締結を目指した事業活動を実施した場合において、当該事業活動が消費者からの特別の求めに応じたものであったことその他の取引上の社会通念に照らして正当な理由がある場合でないのに、当該事業活動が消費者のために特に実施したものである旨及び当該事業活動の実施により生じた損失の補償を請求する旨を告げること。
本号に該当する事例としては、次のような場合が考えられます。
何度か不動産業者と物件の内見に行き、その度に飲食店で物件についての説明を受けた。その際の飲食代は不動産業者が支払った。後日、条件が合わないことから契約しないことを伝えると、「それならこれまでの飲食代を払ってもらわないと困る。」と言われたことから消費者が戸惑い、契約を締結してしまった。
以上のとおり、契約の取消事由が多く追加されましたので、事業者としては、契約締結の勧誘を行う際には、これらに該当する態様で行わないように十分に留意する必要があります。
3 不利益事実の不告知の要件の緩和(法4条2項)
改正前は、契約締結の勧誘に際し、消費者の不利益となる事実を故意に告げなかったことにより、消費者が誤認し、契約を締結した場合に契約を取り消すことができると定められていましたが、改正後は、故意だけでなく、重過失により告げなかった場合も、取り消すことができることとなりました。これは、事業者の主観的要件である故意の立証が難しく、本規定を利用しにくい点が指摘され、要件が緩和されたものです。
4 無効となる不当条項の追加
(1)決定権限付与条項(法8条1項、8条の2)
改正前は、事業者と消費者との間の契約のうち、①事業者が負うこととなる損害賠償責任の全部又は一部を免除する条項及び②消費者に解除権を放棄させる条項が無効である旨定められていました。
今回の改正では、これらに加えて事業者に自らの責任の有無や限度、消費者の解除権の有無を決定する権限を付与する条項も無効であることが定められました。これにより、以下のような条項は無効であると考えられます。
ア 当社は、過失があると認めた場合に限り、損害賠償責任を負うものとします。
イ 本サービスの申込後は、当社に過失があると当社が認める場合を除き、申込のキャンセルはできない
ものとします。
(2)消費者の後見等を理由とする解除条項(法8条の3)
今回の改正で、消費者が後見、補佐又は補助開始の審判を受けたことのみを理由とする解除権を事業者に付与する条項が無効であることが定められました。
以上のとおり、今回の改正において、無効となる不当条項が追加されていますので、事業者としては、消費者との間の契約において、以上のような不当条項に該当する条項が含まれていないかを確認することが必要となります。
5 事業者の努力義務(法3条1項)
(1)契約条項の作成(1号)
改正前は、事業者の努力義務として、契約の条項を定めるに当たっては、契約の内容が明確かつ平易なものになるように配慮すべきことが定められていましたが、今回の改正で、「その解釈について疑義が生じない」(ものになるよう配慮すべき)との文言が追加されました。
例えば、契約書に「A、B」とある場合、「AかつB」とも「A又はB」とも解釈することができ、解釈について疑義が生じる条項といえます。事業者は、このような疑義が生じる文言を使用しないように注意する必要があります。
(2)情報の提供(2号)
改正前は、契約締結の勧誘に際しては、消費者の理解を深めるために、契約の内容についての必要な情報を提供することに努めなければならないとの事業者の努力義務が規定されていましたが、今回の改正で、「契約の目的となるものの性質に応じ、個々の消費者の知識及び経験を考慮した上で」(情報を提供する)との文言が追加されました。
6 おわりに
本稿では、平成30年消費者契約法改正の概要をみていきました。今回の改正は、実際に多く寄せられた消費者からの相談事例や被害事例をもとに、不当性の高い行為を類型化して規定したという背景があります。また、既に改正法は施行されていますので、事業者としては、速やかに対応することが必要となります。
改正点を含め、消費者契約法に関してご懸念点やご不明点等がございましたら、当事務所にお気軽にご相談ください。
以上