平成30年著作権法改正

1.はじめに

 本年1月1日から、改正著作権法が後記②を除いて施行されました。今回の改正の柱は、①デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備、②教育の情報化に対応した権利制限規定等の整備、③障害者の情報アクセス機会の充実に係る権利制限規定の整備、④アーカイブの利活用促進に関する権利制限規定の整備等の4つです。
 本稿では、このうち、今後企業実務に与える影響が大きいと考えられる、①に焦点を絞って、解説を進めます。

2.改正の背景

 インターネット普及後、デジタルネットワークは日々進化しており、最近では、ビッグデータ、ディープラーニング、AIやIoTなどの最新分野に多くの企業が関心を寄せるようになりました。しかし、多くのデータを取り扱うこうした分野においては、個々のデータに存在する、著作権をどう扱うか(より具体的には、どのように著作権者の権利を制限するか)が課題となっていました。
 この点、アメリカでは、「フェアユース」と呼ばれる、一般的包括的な権利制限規定が存在しますが、日本にはこのような規定はなく、具体的な場合ごとに、その制限が設けられていました。日本でも、このようなフェアユース規定が導入されることも検討されましたが、企業へのアンケート調査の結果i、わが国の企業は、高い法令遵守意識を持ち、訴訟を提起されることへの抵抗感も有していることなどから、法規範の明確性を重視する声が強く、一方で著作権に対する理解の低さから権利侵害を助長しかねない等の声もあったことなどから、一般的包括的規定であるフェアユースの導入は見送られることになりました。
 こうした中、権利制限の柔軟性と法規範の明確性との調和の観点から、一般的包括的規定ではなく、著作物に対する多層的な対応を設けることで、柔軟な権利制限規定を実現し、データの円滑な利用を促進しようとして実施されたのが、今回の著作権法改正です。

3.主な改正の内容

  • (1)

    概要

     上記のように、今回の改正では、法規範の明確性が重視される一方、柔軟な権利制限規定を設けたいこととのバランスから、データの利用法によって、権利者に与える影響度を3層に分け、それぞれの階層ごとに、権利制限規定を設けていますii
     以下では、それぞれの層において新設された条文の主な改正内容の解説と、それによって何が可能になったのかを具体例を交えて解説いたしますiii

  • (2)

    第1層

     この階層は、「権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型」が対象であり、今回の改正では、新30条の4、新47条の4が対象条文です。

    •  新30条の4

      • (ア)

        これまで

         これまで、旧30条の4は、「公表された著作物」について、技術の開発又は実用化のための試験の用に供するための利用について規定していました。また、旧47条の7は、「統計的な」情報解析のための複製等について規定していました。
         しかし、大量のデータを扱う、ディープラーニング活用などの分野においては、未公表の著作物や統計的な解析以外の著作物の複製等のニーズが存在していました。
         例えば、AIの機械学習における、学習用データのデータベースへの記録では、「公表された著作物」以外の著作物を利用することも想定されますし、情報解析においても、必ずしもAIが「統計的な」解析を行うとは限りませんが、その場合でも学習用データとして著作物をデータベースに記録することが想定されます。

      • (イ)

        これから

         新30条の4は、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用について規定しています。
         本条は、旧30条の4を第1号に、旧47条の7を第2号に、それぞれ著作物の利用可能な範囲を拡大するかたちで配置しなおし、第3号で、人の知覚による認識を伴わない利用に関する規定を置いています。本改正では、主な変更点として、(ア)で記載した、旧30条の4の、「公表された著作物」、旧47条の7の、電子計算機による「統計的な解析」との限定を削除しています。

      • (ウ)

        改正の根拠iv

         なぜこのような改正が可能になったのでしょうか。
         著作物が有する経済的価値は、通常、市場において、著作物の視聴等をする者が、当該著作物に表現された思想又は感情を享受してその知的・精神的欲求を満たすという効用を得るための対価の支払いをすることによって現実化されていると考えられます。そのため、このような思想又は感情の享受を目的としない行為は、著作物に表現された思想または感情を享受しようとする者からの対価回収の機会を損なうものではなく、権利者の利益を通常害さないと評価できるのです。
         なお、本条にいう「享受」とは、上記の立法趣旨と「享受」の一般的な語義を踏まえ、著作物等の視聴等を通じて、視聴者等の知的又は精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為であるか否かという観点から判断される、とされています。また、仮に利用の主たる目的が「享受」の他にあったとしても、同時に「享受」の目的があるような場合には、本条の適用はないとされています。

      • (エ)

        可能になったこと

         この改正により、例えば、(公表・未公表を問わず)著作物である様々な猫の画像を、著作権者の許可なく、大量にAIに読み込ませ、そのデータベースに記録し、そのAIがある対象を猫と判別できるようにするなどの利用が考えられます。また、人の知覚による認識を伴わない、システムのバックエンドでの著作物の利用や、いわゆるリバースエンジニアリングも、プログラムの実行によってその機能を享受する目的での利用とは言えないことから、することができることになります。

    •  新47条の4

      • (ア)

        これまで

         これまで、旧47条の8、旧47条の9では、電子計算機の「円滑かつ効率的」な利用をするための著作物の利用について規定していました。また、旧47条の4、旧47条の5は、保守、修理等の一時的な著作物複製、ネットワーク送信の障害の防止等のための著作物のキャッシュとしての複製について規定していました。
         しかし、「円滑」と「効率的」は必ずしも一致する状態を指すものではなく、これらのどちらも満たすことを要件とすると、要件を満たさないと考えられる懸念のある事例が存在していました((エ)参照)。また、上記の各旧条文では、権利者の利益を通常害さないと評価できる場合でも、権利制限のための様々な細かい限定を設けていました(例えば、送信の遅延や障害の原因を一定の場合に限定していた旧47条の5第1項1号や、記録媒体内蔵機器の内容について複製機能を有する機器に限定していた旧47条の4第1項など)。

      • (イ)

        これから

         新47条の4は、電子計算機における著作物の利用に付随する利用等について規定しています。
         本条の構造として、第1項1号(旧47条の8)、同項2号(旧47条の5第1項1号及び第2項)、同項3号(旧47条の9)、第2項1号(旧47条の4第1項)、同項2号(旧47条の4第2項)、同項3号(旧47条の5第1項2号)と、旧条文と対応しています。
         主な変更点として、(ア)で述べた通り、従来、電子計算機の「円滑かつ効率的」な利用が要件になっていましたが、その部分を「円滑又は効率的」と「円滑」か「効率的」のいずれかの要件を満たせば足りる規定に改正されました。
         また、そのほかにも、(ア)で述べた通り、これまでの旧条文は細かい限定規定を数多く設けていましたが、これらの条文を上記の対応関係のように1つの条文として、細かい限定を外すかたちで整理しなおした上、本条各項柱書は、「次に掲げる場合その他これらと同様に…」と規定し、各項各号の場合は例示列挙であることが明らかにして、柔軟な権利制限が可能になる内容に改正しています。

      • (ウ)

        改正の根拠

         本条に規定する著作物の利用行為は、いずれも主たる著作物の利用行為の補助的・補完的な行為にすぎず、主たる著作物の利用行為とは別に、著作物の新たな享受の機会を提供するものではなく、独立した経済的重要性を有しないと考えられるので、権利者の利益を通常害さないと評価できるのです。このような理由から、従来この層における権利制限が限定的な規定になっていたところを、(イ)で述べた通り、各項各号の事項は例示列挙として、その他の各号類似の場合も柔軟な権利制限が可能な条文に改正されました。

      • (エ)

        可能になったこと

         この改正により、例えば、ネットワークを通じた情報処理の高速化のためのキャッシュの作成行為、有害情報のフィルタリングを行うための著作物の複製行為が可能になります。これらの行為は、従来、前述の「円滑」と「効率化」双方の要件を満たすかについて疑義が存在していましたが、本改正により、その疑義が解消されました。
         また、例えば、携帯電話の機種変更の際に、いわゆるガラケーからスマートフォンに機種変更する際は、旧47条の4第2項の「同種の機器」との要件を満たすかについて疑義が存在していたところ、新47条の4第2項2号では「同様の機器」と文言を変更したことから、このような機種変更の際にも懸念なく、著作物の一時的記録を行うことができるようになりました。

    •  各条文ただし書き

       新30条の4、新47条の4の各条文にはそれぞれ、「ただし当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することになる場合は、この限りでない」との規定が付されています。
       第1層に関しては、権利者の利益を通常害さないと評価できる場合の規定であるため、上述のように、従来よりも幅広い権利制限規定に改正されています。しかし、その幅広さゆえに、技術の進展等により、現在想定されない新たな著作物の利用態様も現れる可能性があることなどから、このようなただし書きが設けられています。

  • (3)

    第2層

     この階層は、「権利者に及び得る不利益が軽微な行為類型」が対象であり、今回の改正では、新47条の5が対象条文です。

    • これまで

       これまで、ビッグデータを活用した所在検索サービスや情報解析サービス(それぞれのサービスの具体例につきエ参照)における、著作物の利用に関する明確な規定は、インターネット情報検索に限定して規定した旧47条の6を除いて存在していませんでした。しかし、上記の各サービスにおいては、出版や放送された情報などのアナログ情報も含めた情報検索サービスや、情報解析サービスのニーズも存在し、これらに関する著作権制限規定が存在しない場合、膨大な著作物を利用するビッグデータ活用の場合には、契約によって対応することが、現実的に困難であるという問題がありました。

    • これから

       そこで、新47条の5は、電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する軽微利用等について規定しています。
       まず、第1項では、1号において所在検索サービス、2号において情報解析サービス、3号においてその他の政令で定めるサービスについて規定しています。
       次に、第2項では、第1項による軽微利用の準備のための複製等を権利制限の対象としています。

    • 改正の根拠

       上記のように、所在検索サービスや情報検索サービスにおいて、条文新設のニーズがある一方で、これらのサービスにおいては、著作権者が当該著作物を通じて対価の獲得を期待している本来的な販売市場等に影響を与えない場合も多く、権利者に与える影響が軽微である場合には、権利制限の規定を設けても権利者の不利益は小さいと考えられました。もっとも、第1層に比べれば、権利者に与える影響は比較的小さくはないことから、例えば本条第1項各号は、権利制限の対象を、各号に限定列挙し、前述の新30条の4と異なり、「公衆への提供または提示(送信可能化も含む)」が行われた著作物のうち、「公表された」又は「送信可能化された」著作物に限定しています。また、利用行為は、「各号に掲げる行為の目的上必要と認められる限度において」「当該行為に付随して」「軽微利用」できると、第1層よりも限定的な定めになっています。

    • 可能になったこと

       この改正により、第1項1号の所在検索サービスにおいては、インターネットにアップロードされている著作物に限らず、例えば、検索者が特定のキーワードを含む書籍や音楽、映画等の所在を検索し、そのキーワードの前後の抜粋を表示するようなサービスが可能になります。また、同項2号の情報解析サービスにおいては、例えば、大量の論文や書籍等を解析して他の論文等の剽窃の有無を検証する、論文剽窃検証サービスなどが可能になります。

    • 1項ただし書き

       1項ただし書きは、第1層でも規定されていた、著作権者の利益を不当に害することになる場合を権利制限対象から除くほか、「当該公衆提供提示著作物に係る公衆への提供又は提示が著作権を侵害するものであること…を知りながら当該軽微利用を行う場合」には、権利制限の適用を受けないことも規定しています。例えば、いわゆる海賊版の映画や音楽などを、海賊版であると知りながら軽微利用する場合などには、権利制限の適用はありません。

  • (4)

    第3層

     この階層は、「著作物の市場と衝突する場合があるが、公益的政策実現等のために著作物の利用の促進が期待される行為類型」が対象であり、今回の改正では、「1.はじめに」で述べた、②~④の分野で改正されており、本稿の対象である①での改正はありません。

4.おわりに

 以上、平成30年著作権法改正について、企業実務に対する影響が大きいと考えられる主な改正点について解説をいたしました。今回の改正により、各企業はビッグデータ等を活用した新たなサービスを展開しやすくなるものと考えられます。
 もっとも、今回の改正は、あくまで著作権について柔軟な権利制限を可能にした改正であって、改正後も、著作者人格権、肖像権、プライバシー権などの権利への侵害については、なお留意が必要です。
 また、本改正での柔軟な権利制限を可能にした規定についても、それぞれの条文には、著作物の利用は、「必要と認められる限度において」、「著作権者の利益を不当に害」しない場合に限定されていることにも留意が必要です。
 ご不明な点等ございましたら、お気軽にお問い合わせください。

以上

  1. i平成28年度文化庁委託事業「著作権法における権利制限規定の柔軟性が及ぼす効果と影響等に関する調査研究報告書」(http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/chosakuken/pdf/h29_kenriseigenkitei_hokokusho.pdf
  2. ii改正の概要については、文化庁HP「著作権法の一部を改正する法律 概要説明資料」(http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h30_hokaisei/pdf/r1406693_02.pdf)に図を用いた概要がまとめられており、参考になります。
  3. iii今回の改正条文は、いずれも長く複雑なものになっているため、条文自体はあえて記載せず、その概要についてご紹介しています。条文そのものについては、例えば、文化庁HP新旧条文対照表(http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h30_hokaisei/pdf/r1406693_04.pdf)などをご参照ください。
  4. iv「改正の根拠」につき、文化庁HP「著作権法の一部を改正する法律(平成30年改正)について(解説)」(http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h30_hokaisei/pdf/r1406693_11.pdf)14頁以下参照(以下同じ)。