ストック・オプション~信託活用型~
2016年7月1日
1 はじめに
東証一部上場企業であるKLab株式会社は、平成28年3月7日のプレスリリースで「信託活用型新株予約権インセンティブプラン」を導入することを発表しました。
我が国の上場企業で信託を活用した新株予約権(以下「信託活用型新株予約権」といいます)が導入される例は珍しいものといえますが、かかる仕組みは上場会社のみならず、株式公開を目指す非上場会社においても有用性が高く、検討するに値するものと思われます。
そこで、以下では、新株予約権の基本的理解及び問題点を踏まえ、その問題点を克服するための信託活用型新株予約権の仕組みを概観し、メリット等をご紹介させていただきます。
2 ストック・オプションについて
いわゆるストック・オプションは、発行会社がその役職員(あるいは子会社その他の関係会社の役職員)に報酬として無償で付与する自社株式オプションであり、我が国では会社法上の新株予約権を利用することが多く行われています。
新株予約権を利用したストック・オプション(以下、単に「新株予約権」といいます)は、株式公開を目指す非上場会社においても、設立当初からの人材の功労に報いるためや優秀な中途採用者の採用といった目的のために頻繁に用いられています。この場合、発行価額を無償とし、行使価額を発行時の時価(したがって、発行時期が早いものほど行使価額は低廉であることが通常です)とするなどして、税制適格ストック・オプションとして設計する例が典型的といえます。これにより、取得者には新株予約権の付与時、権利行使時の課税がなく、権利行使により取得した株式を売却した時点で初めて課税されることとなり、あらかじめ資金拠出をする事態を避けることができます。
非上場会社が株式公開を果たした場合、上場による株価の上昇は非常に大きなものとなりますので、付与時の時価等に設定された低い行使価額をもって上場後の株式を取得できることは役職員にとって大きなキャピタル・ゲインとなります。そのため、ストック・オプションは、付与された役職員に対して発行会社の業績・企業価値を向上させようという意欲を増幅させ、会社への貢献を高めるインセンティブプランの役割を果たしています。
3 一般的な新株予約権の付与時の問題点
もっとも、一般的に行われているかかる方式の新株予約権では、どの役職員に何個の新株予約権を付与するのかを付与時に決定する必要があるため、過去から付与時点までの貢献度や実績を踏まえて付与数が決められることになります。そのため、付与後に期待されたほどの貢献がなかった場合にも、付与対象者は他の者の貢献により果たされた企業価値の向上によって多額のキャピタル・ゲインを得てしまうことになるという問題があります。
発行会社としては、新株予約権はインセンティブプランとして今後の業績への貢献を期待して付与するものですので、付与後の貢献度こそ重視すべき指標であり、一定時点までの貢献度を基に付与対象者及び付与数を決めたいというニーズがあります。そもそもストック・オプションは今後の業績・企業価値向上へのコミットを図るものですので、付与後の働きを的確に反映させてこそ真にその役割を果たせるともいえます。
また、一般的な新株予約権では、新株予約権付与のタイミングによって行使価額が異なってきます。通常、株式公開に向けて期を重ねるごとに成長により株価は向上していきます。そのため、アーリーステージに新株予約権の付与を受けた役職員がレイトステージに付与を受けた役職員よりも有利な条件の新株予約権を保有することになり、不公平感により後者のモチベーションを低下させるおそれがあります。このことは、レイトステージにおいて優秀なマネジメント層を獲得するうえで魅力的な新株予約権を付与できないといった障害にもなりえます。
4 信託活用型新株予約権について
上記のような問題点を克服するスキームとして信託活用型新株予約権という仕組みが登場しました。信託活用型新株予約権は、基本的に、発行会社が受託者に新株予約権を発行し、受託者はこれを引き受けたうえで保管をし、あらかじめ信託契約で定めた条件を満たしたときに発行会社の役職員に交付するというスキームです。
KLab株式会社のプレスリリースによれば、同社の場合には以下のような設計がなされています(以下にプレスリリース中のスキームの概要を述べた部分を引用します)。
(https://ssl4.eir-parts.net/doc/3656/tdnet/1335027/00.pdf)
- ①委託者である真田哲弥は、受託者との間の信託契約(以下「信託契約」といいます。)に基づき受託者へ金銭を拠出し、本信託を設定します。当社は、信託契約に基づき、本信託についての信託管理人兼受益者指定権者に就任します。
- ②受託者である楽天信託株式会社は、上記①で本信託に拠出された金銭を原資として、本新株予約権を当社から引き受けます。この時、当社は、受託者からの払込金額を新株予約権として純資産に計上します。
- ③信託期間中、当社役職員は、付与マニュアルに従い、一定の新株予約権獲得ポイントの付与を受けます。
- ④各本信託の信託期間満了時に、当社役職員は、本新株予約権それぞれ5,000個について、直近1年間に付与されたポイントの合計数に占めるポイント数の割合に原則として比例するように分配を受けます。
信託活用型新株予約権には、オーナー等の株主が委託者となる場合と、発行会社自身が委託者となる場合とがありえます。KLab株式会社の場合、オーナーが金銭を拠出して委託者となるスキームであり、受託者はその金銭を原資としてKLab株式会社の新株予約権を引き受けて信託期間中の管理保管をするとともに、あらかじめ定められた付与マニュアルに従って信託期間満了時に当該新株予約権を役職員に分配することとしています。
当該新株予約権は、あらかじめ定められた付与マニュアルに従ってポイント付与基準日までに得たポイントに従って分配されますので、付与対象者や付与数について、当該新株予約権の発行時点ではなく、その後の信託期間を通じた貢献度を反映することが可能となります。
また、このように付与対象者や付与数は将来の特定時点で決定されることになりますので、発行時にはまだ入社していなかった役職員に対しても発行日以降の貢献度に応じて新株予約権を付与することが可能となり、優秀な人材を獲得する上で効果的であるほか、新株予約権の発行前後での役職員のキャピタル・ゲインの不公平感を排除することが可能といわれています。
5 課税関係
信託活用型新株予約権については、時価発行とすることにより有償ストック・オプションと同様に付与時及び権利行使時の課税をなくし、また、受託者に金銭を信託した時点では将来の分配時点における役職員及び付与数が未確定であるため「現に受益権を有する者」が存在しない法人課税信託として設計することが可能と思われます。
すなわち、新株予約権の付与時や権利行使時には課税はなく、新株予約権を役職員に分配した時点でも課税はなく、最終的に株式を売却した時点で譲渡所得税が課されるという扱いが可能となります。他方、委託者が金銭を信託した時点で受託者において法人税課税を受けますが、信託期間中は法人税課税の対象となる収益が生じることは通常は想定されません。
通常の新株予約権と比べて、信託期間中の受託者における法人税負担や信託報酬といった負担増が考えられますが、このような費用面については上記のような信託活用型新株予約権のメリットや当該会社におけるニーズとの見合いで判断することになろうかと思います。
6 非上場会社での活用と留意点
株式公開を目指す非上場会社の場合、株価の低い時期に信託活用型新株予約権を発行し、上場後の一定時期にその時点で在籍する役職員に対して当該新株予約権を交付する、といった活用が考えられます。
上場準備中の非上場会社の場合、株式公開という目標を達成する上で役職員が実際にどのような役割を果たし貢献してくれるのか読みづらい面があります。そのため、発行後の貢献度を勘案して付与対象者と付与数を上場後の時期にこれらを決定したいというニーズは高く、信託活用型新株予約権が有用な場合が多いものと思われます。
但し、信託活用型新株予約権はいまだ実務的に普及安定した手法とまでは言えませんので、採用に当たっては、新株予約権や信託契約の内容、コスト等について、税務・会計・法務の側面から各専門家と慎重に検討をする必要があります。
7 最後に
当事務所は株式公開を目指す非上場会社のサポート業務を一つの柱としております。資本政策の上で、新株予約権は無制限に発行できるものではありませんから、会社としてはこれを効果的・効率的に使うことが必要となります。当事務所では、信託活用型新株予約権についても有益なアドバイスができるよう研鑽を積んでまいりますので、上場に向けたインセンティブプランの設計等でご質問などございましたら、是非お気軽にご相談ください。
以上