妊娠に伴う軽易業務への転換を契機とした降格処分が無効とされた事例
(最高裁平成26年10月23日判決:広島中央保険生活協同組合事件)

弁護士 春山 修平

2014年12月1日

1 事案の概要

 本件は、消費生活協同組合(以下「被告Y組合」)に雇用され副主任の職位にあった理学療法士であるX氏(以下「原告X」)が、労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換に際して副主任を免ぜられ、育児休業の終了後も副主任に任ぜられなかったことから、被告に対し、上記の副主任を免じた措置(以下「本件措置」)は雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「男女雇用機会均等法」)9条3項に違反する無効なものであるなどと主張して、管理職手当の支払及び債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めた事案です。

2 事実経過

  1. (1)原告Xは被告Y組合において理学療法士として業務に従事してきたところ、平成16年4月16日、リハビリ科の副主任(病院リハビリチーム)に任ぜられた。
  2. (2)原告Xは、その頃に第1子を妊娠し、平成18年2月12日、産前産後の休業と育児休業を終えて職場復帰するとともに、病院リハビリチームから訪問リハビリチームに異動し、リハビリ科副主任として訪問リハビリ業務につき取りまとめを行うものとされ、後に訪問リハビリ業務の運営が施設Bに移管されたことに伴い、施設Bの副主任となった。
  3. (3)原告Xは、平成20年2月、第2子を妊娠し、労働基準法65条3項に基づいて軽易な業務への転換を請求し、転換後の業務として、訪問リハビリ業務よりも身体的負担が小さいとされていた病院リハビリ業務を希望した。
     これを受けて被告Y組合は、上記の請求に係る軽易な業務への転換として、同年3月1日、原告Xを施設Bからリハビリ科に異動させた。
  4. (4)被告Y組合は、当該異動にあわせて、副主任を免ずる旨の辞令を発した(本件措置)。
  5. (5)原告Xは、平成20年9月1日から同年12月7日まで産前産後の休業をし、同月8日から同21年10月11日まで育児休業をした。
     その後職場復帰をした原告Xは、施設Bに異動させられたところ、当該施設において原告Xよりも職歴の短い職員がすでに副主任に任ぜられていたことから、再び副主任に任ぜられることなく勤務することとなった。

3 原審の判断

 原審は、「本件措置は、原告Xの同意を得た上で、被告Y組合の人事配置上の必要性に基づいてその裁量権の範囲内で行われたものであり、原告Xの妊娠に伴う軽易な業務への転換請求のみをもって、その裁量権の範囲を逸脱して男女雇用機会均等法9条3項の禁止する取扱いがされたものではないから、同項に違反する無効なものであるということはできない。」としました。

4 主要な争点

 本件の主要な争点は、本件措置が、男女雇用機会均等法9条3項(※)に違反するか否か、及びその判断基準です。

  • 「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」と定められています。

5 本判決の要旨

 本判決は、概要、以下のような判断を示し、原審を破棄し、審理を差し戻すこととしました。

  1. (1)

    男女雇用機会均等法9条3項違反の効果

     同法9条3項の規定は、同法の目的及び基本的理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、女性労働者につき、妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業又は軽易業務への転換等を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同項に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。

  2. (2)

    判断基準

     一般に降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ、上記のような均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本的理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば、女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが、当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。

  3. (3)

    本件へのあてはめ

     原告Xについて、自由な意思に基づいて本件措置を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできない。
     原審摘示の事情のみでは、男女雇用機会均等法の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情の存在を認めることはできない(よって、審理不尽であるので、審理を原審に差し戻す)。

6 考察

 これまで、人事権の行使としての降格処分は、基本的に使用者の経営上の裁量的判断が尊重されるものですが、使用者側の業務上の必要性の有無程度、労働者側における帰責性の有無程度、労働者の受ける不利益の程度などを総合的に考慮した上、当該降格が社会通念上著しく妥当性を欠くなど、使用者に委ねられた裁量の範囲を逸脱する場合には、権利濫用として無効となる、という判断枠組みがとられてきました。
 これに対して、本判決は、そのような裁量の濫用の判断という枠組みではなく、以下のような判断枠組みを示しました。

  1. 妊娠等に伴う軽易業務への転換を契機とした降格は原則として無効
  2. 例外として、以下のいずれかが認められる場合には有効

    • a)労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき
    • b)降格することなく軽易業務へ転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度、及び有利又は不利な内容や程度に照らして、法の趣旨目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき

 このように、本判決は、妊娠等に伴う軽易業務への転換を契機とした降格を原則として無効とすることで、実質的に事業主に立証責任を転換したものといえます。その意味で、事業主にとっては、妊娠等に伴う軽易業務への転換を契機に降格処分を行う場合には、本判決が示す例外事由のいずれかを立証できるよう、十分留意の上、対応及び証拠の保存を行う必要があります。基本的には、例外a)の方法にまずよるべきであると思いますが、そのためには、降格の必要性やその理由などを分かりやすく丁寧に説明をすることが求められます。承諾を強要されたと言われないよう、進め方については専門家とも協議の上、慎重に行う必要があろうかと思います。
 なお、本判決の補足意見では、育児休業からの復帰後に軽易業務への転換前の地位に復帰させない措置について、「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」10条の趣旨目的に実質的に反しないと認められる特段の事情が必要であると解する余地が一般論として言及されていますので、育児休業のみならず、介護休業の際の措置についても類似の議論が当てはまる可能性があり、留意が必要かと思われます。
 以上の点についてご質問、ご相談等ありましたらお気軽に当事務所にお問い合わせください。

以上