経営能力の欠如を理由とする解任につき、「正当な理由」が肯定された事案
(横浜地方裁判所平成24年7月20日判決)
2013年10月1日
1 事案の概要
本件は、経営能力の欠如を理由に解任された取締役が、会社に対して、解任には「正当な理由」がないと主張して、会社法339条2項に基づき、残存任期分の役員報酬の支払いを求めた事案です。
被告であるY社は、①産業ボイラ関連事業、②ボウリング用品の販売やボウリングスクールの運営、プロボウラーの斡旋等のボウリング関連事業等を営む株式会社です。一方、原告である取締役Xは社団法人プロボウリング協会に所属するプロボウラーであり、プロボウラーとして活躍していた者であって、
任期は10年とされていました。
取締役Xが解任決議は不当であると主張しました。これに対し、Y社は、取締役Xはボウリング事業を1年で黒字化するとの話だったにもかかわらず、実際には売り上げは実質的にゼロであったこと、Y社においては取締役Xに言われるがままにトッププロボウラーである第三者に月額10万円の顧問料を支払ったり、
Xの使用した経費について使途を問いただすことをせずに了承してきたものの、取締役Xには経費削減の努力は見られず、もはや経営の熱意も能力もなかったと言わざるを得ないから、これを踏まえてY社はボウリング事業からの撤退を決断したのであって、解任につき正当な理由があると反論しました。
2 主要な争点
本件の主要な争点は、Y社が取締役Xを解任したことにつき、「正当な理由」(会社法339条2項)があったかどうかです。
3 判決の要旨
本判決は、概要、以下の理由から、「正当な理由」の存在を肯定し、取締役Xの請求を棄却しました。
取締役Xは、取締役に就任してボウリング事業を事業として行うことにしたのであり、取締役としての報酬の支払を受けたり、Y社にトッププロボウラーに対する月額10万円の顧問料を支出させたり、営業経費を支出させたりする以上は、ボウリング事業の収益が上がるよう努力すべきところ、 ボウリング事業の売上は、Y社代表取締役が取締役Xに対し解任をすると告げた直後に入金された7万円にすぎず、取締役Xにはボウリング事業を展開していくだけの能力がなかったものと言わざるを得ない。Y社は、上記の状態を踏まえてボウリング事業から撤退するとの経営判断をしたものであり、 取締役Xを解任するについては正当な理由があったというべきである。
4 考察
(1)取締役の解任に関する会社法の規定
会社と取締役との関係は信頼関係に基づく委任契約であることに鑑み(会社法330条)、会社法上、会社は、株主総会決議によって、いつでも取締役を解任することができるとされています(会社法339条1項)。もっとも、「正当な理由」なく解任された取締役は、会社に対して、
損害賠償請求ができるとされています(会社法339条2項)。
同条項で定められている責任の法的性質については、不法行為責任と解する見解と、法定の責任と解する見解とが対立していますが、多くの下級審裁判例では、当該責任は会社に課された法定の責任であると解されているものと思われます。法定責任と解する帰結として、その損害の範囲は、
残存期間中と任期満了時に得られたであろう利益の喪失による損害と解することとなります。
(2)「正当な理由」の解釈
「正当な理由」の中身については、厳密な定義が存在するわけではなく、委任契約自体に違反するような作為・不作為をいうとか、当該取締役に経営を行わせるにあたって障害となる状況が客観的に生じた場合であるなどとされています。
①法令や定款に違反する行為、②会社に対する背信行為、③職務上の義務違反行為や任務懈怠、④心身の障害による職務遂行不能などについては、これらを理由とする解任が「正当な理由」にあたるものとして見解の一致が見られます。
これに対して、経営能力の欠如が「正当な理由」にあたり得るかどうかについてはこれまで裁判例の蓄積のない部分であったところ、この点について事例判断を行ったのが本判決となります。
(3)本判決について
そもそも、株式会社の仕組みとして、株主総会は自らの責任と判断で取締役に経営を委任するものですから、経営のプロである取締役の適任性の有無を判断する資格に欠けるものであり、経営能力の欠如を理由とする解任には「正当な理由」はないと考える見解もあります。
確かに、会社の利益のためにも取締役の経営判断については裁量の範囲を広く解するべきであり、株主が取締役の経営能力を細かく判断することは実態にもそぐわないものと思われます。しかしながら、会社は、会社の利益を上げるために取締役に経営を委任するものですから、
その委託した取締役に経営能力がないことが明らかなような場合には、そのことを理由として解任することも「正当な理由」にあたるケースがあってしかるべきです。
本判決の認定した事実によれば、取締役Xは、ボウリング事業を展開させることを期待して取締役に選任されたにもかかわらず、就任から約1年間で得られた売り上げがわずか7万円に過ぎなかったものであり、事業の立ち上げの困難さ等を考慮したとしても、結果の面からみて、
経営能力に疑問符が付くことは当然です。一方で、取締役Xは、使途・効果の不明な経費利用があり、経費削減といった努力が見られず、また、収益を上げるための努力も見られないと認定されています。このような事実関係の下では、
取締役Xには経営能力が欠如していたことが明らかであるといってよいと思われますので、本判決の判断は妥当なものと考えられます。
5 最後に
本判決は、あくまで本件事実関係を前提とした事例判断ではありますが、経営能力の欠如を理由とした解任が「正当な理由」にあたるかどうかを論じた裁判例は少ないので、今後の同種事案において大変参考になるものと思います。
また、取締役の解任は、経営能力の欠如以外にも、様々な理由から行われ、その際には「正当な理由」の有無等をめぐって紛争が生じることも散見されるところです。そのため、会社としては、予想外の損害賠償責任を負わないためにも、
事前にこの点について検討を加える必要があろうかと思います。
これらの事項につきお悩みのことがございましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。
以上