上場申請会社の粉飾決算について一審で主幹事証券会社の損害賠償責任が肯定されたものの、控訴審でこれが否定された事例
(東京高裁平成30年3月23日判決)

1 事案の概要

 本件は、半導体製造装置の制作販売会社である株式会社エフオーアイ(以下「エフオーアイ」)が、架空の売上を計上して粉飾決算(以下「本件粉飾」)を行い、虚偽記載のある有価証券届出書等を提出して東京証券取引所マザーズ市場に上場したところ、その後粉飾決算の事実が明らかとなったため、上場時の募集若しくは売出し等に応じて同社の株式を取得した原告らが、金融商品取引法や会社法等の規定に基づき、損害賠償請求を求めた事案です。
 訴えられたのは、エフオーアイの役員、募集等を行った元引受証券会社(主幹事証券会社とその他の元引受証券会社)、株式販売を受託した証券会社、会計監査人、売り出しに係る株式の所有者、東京証券取引所、日本取引所自主規制法人など、多数です。
 一審の東京地裁平成28年12月20日判決では、本件粉飾を行った(あるいは発見できなかった)エフオーアイの全役員について責任を認めたのみならず、元引受証券会社のうち主幹事証券会社について、引受審査において求められる相当の注意を尽くしていないと判断し、金融商品取引法上の損害賠償責任が肯定されました(なお、有価証券届出書のうち、財務計算部分の正確性の担保は一次的には会計監査人である公認会計士・監査法人が負うものといえますが、本件では、会計監査人は一審係属中に和解をしています。)。
 これに対して、控訴審である本判決は、主幹事証券会社の責任を認めた一審判決を取り消した上、同社に対する請求を棄却しました。
 本稿では、主幹事証券会社の責任に関する部分に絞って判決内容をご紹介いたします。
 なお、一審の判決に関する考察については、過去の本コラム(平成29年6月)もご覧ください。

2 事実経過

(1)1回目の上場申請

 平成19年5月1日、主幹事証券会社は、エフオーアイのマザーズ市場上場手続きについての主幹事証券会社に就任した。
 同社引受審査部(以下「引受審査部」)は、エフオーアイ及び会計監査人に対する質問・ヒアリング、取引先の実査等を行った結果、上場適格に問題はないと判断した。
 平成19年12月20日、エフオーアイは1回目の上場申請を行った。
 自主規制法人は上場に問題はないものと考え、上場承認日を平成20年2月18日と予定した。
 平成20年2月14日以降、東証及び主幹事証券会社に「注文書偽造による巨額粉飾決算企業の告発」と題する匿名の投書(以下「第1投書」)があった。
 自主規制法人は、第1投書を受け、エフオーアイの上場承認の予定を延期して、預金通帳の確認など、追加調査を実施したが、問題はないと判断した。
 引受審査部は、第1投書についての追加審査を実施し、第1投書には信憑性がないものと判断した。
 そのため、平成20年5月16日に上場承認をして同年6月18日に上場をするというスケジュールで進めることとなったが、同年4月18日、エフオーアイは上場申請を取り下げた。

(2)2回目の上場申請

 平成20年8月5日、引受審査部は、2回目の引受審査を開始し、追加審査を行った結果、改めて同社の上場適格に問題はないと判断した。
 平成20年12月1日、エフオーアイは2回目の上場申請を行った。
 自主規制法人は、改めて上場審査を行ったところ、エフオーアイの取引先の信用懸念から、債権の一部が不良債権化するおそれがあるとして、平成20年3月期を上場直前基準期とする上場は困難との見解を示した。
 平成21年5月19日、エフオーアイは2回目の上場申請を取り下げた。

(3)3回目の上場申請

 平成21年6月16日、引受審査部は、3回目の引受審査を開始し、追加審査を行った結果、改めて同社の上場適格に問題はないと判断した。
 平成21年8月18日、エフオーアイは、3回目の上場申請を行った。
 自主規制法人は、改めて上場審査を行った。
 平成21年10月16日、東証は、上場日を同年11月20日として、マザーズ市場への上場を承認し、公表した。
 平成21年10月16日、エフオーアイは有価証券届出書を提出した。当該有価証券届出書には、無限定の適正意見を表明する会計監査人による独立監査人の監査報告書が添付されていた。

(4)上場承認後

平成21年10月27日ころ、東証及び主幹事証券会社は、「10月16日付で東証マザーズに上場承認されたエフオーアイの巨額粉飾決算の実態についての告発」と題する匿名の投書(内容は第1投書と概ね同じ。以下「第2投書」)を受領した。
 自主規制法人は、第2投書を受け、改めて預金通帳の写しを調査するなどしたが、上場スケジュールを変更する必要はないと判断した。
 平成21年11月20日、エフオーアイは、マザーズ市場に上場した。
 平成22年5月12日、エフオーアイは証券取引等監視委員会から金融商品取引法違反の容疑による強制捜査を受けた旨を発表し、同年6月15日、上場廃止となった(同年5月21日に破産手続開始申立てをしている。)。

3 本判決の要旨(主幹事証券会社の責任について)

(1)注意義務の内容について

元引受証券会社は、金商法21条1項4号、17条により、有価証券届出書等に虚偽記載があった場合には、同法21条2項3号又は17条但書所定の免責事由(記載が虚偽等であることを知らず、かつ、相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかったこと)を立証しない限り、募集等により株式を取得した投資者の損害を賠償すべき責任を課せられています。
 本判決は、有価証券届出書のうち財務計算部分(公認会計士等による監査証明の対象となった部分を指す)については、その正確性の担保は第一次的には公認会計士等による審査に委ねられるが、財務情報の適正な開示も引受審査の内容に含まれ、監査証明にかかる監査結果の信頼性を疑わせる事情の有無についての審査は必要である、という点については一審と同様の立場をとりつつ、「相当な注意」の内容について、一審と異なり次のような判断枠組みを示しました。

元引受証券会社は、引受審査において、会計監査を経た財務情報の部分については、公認会計士等による監査結果の信頼性に疑義を生じさせるような事情の有無を調査・確認し、かかる事情が存在しないことを確認できた場合には、当該監査結果を信頼することが許され、相当な注意を用いたと認められる。
他方、上記調査・確認の結果、公認会計士等による監査結果の信頼性に疑義を生じさせるような事情が判明した場合、元引受証券会社は、自ら財務情報の正確性について公認会計士等と同様に実証的な方法で調査する義務はなく、一般の元引受証券会社を基準として通常要求される注意を用いて監査結果に関する信頼性についての疑義が払拭されたと合理的に判断できるか否かを確認するために必要な追加調査を実施すれば足りる。
そのような追加調査の結果、監査結果に関する信頼性についての疑義が払拭されたと合理的に判断できる場合は、監査結果を信頼することが許され、相当な注意を用いたと認められる。
他方、監査結果に関する信頼性についての疑義が払拭されたと合理的に判断できないにもかかわらず、元引受契約を締結したときは、相当な注意を用いたとはいえない。
追加調査の結果、監査結果に関する信頼性についての疑義が払拭されたと合理的に判断できるか否かは、元引受契約を締結した時点における引受審査の全過程において元引受証券会社が認識した全ての事情を基礎として総合的に判断する。

(2)匿名投書に対する対応についての注意義務違反

この点について、本判決は、判断枠組み②に照らして匿名投書により追加調査の必要が生じていたとしつつ、概要以下のように判示し、結論として、一審と異なり主幹事証券会社の注意義務違反を否定しました(対比の意味で、一審と並列して判断内容をお示しします)。

一審本判決
(追加調査の水準について)
 第1投書は社長や役員が結託し、取引先とも通謀して粉飾を行っている旨を指摘していたところ、仮にそれが事実であれば、エフオーアイに対するヒアリングといった通常の審査では発見が困難であることは明らかであり、会計監査人による残高確認の信頼性にも疑問が生じるのであるから、通常の審査とは異なる方法により、当該情報の真偽を確認すべき注意義務を負うに至ったというべきである。

(あてはめ)
 主幹事証券会社は、第1投書を受けて、平成15年以降の全販売案件(42件)について、受注、製造から売上、代金回収に至る取引の全過程に係る帳票類及び預金通帳の突合作業を行っている。しかし、その突合作業は各帳票類の写しの提出を受けてその内容を照合したものに過ぎないところ、仮に第1投書が指摘するように役員らが結託して注文書や検収書類を偽造していたとすれば、架空の売上と整合するように偽造された書類の写しの突合作業を行うだけでは売上の真偽を確認することは困難であったことは明らかである。そうすると、主幹事証券会社としては、少なくとも、エフオーアイから注文書や検収書類等の原本、取引先からの入金を示す資料(預金通帳や外国被仕向送金計算書等)の原本等の提出を受け、これらが真正であることの確認を行うべき義務があったというべきであり、そのような確認作業の実施が困難であったことをうかがわせるような事情は見当たらない。そして、原本の確認をすれば偽造や粉飾を発見できた可能性がある。よって、帳票類の写しの突合作業を行うにとどめた主幹事証券会社の追加審査は、第1投書を受領したことを踏まえた審査としては不十分であったというべきである。
 主幹事証券会社は、第2投書を受領した際、その内容が第1投書をほぼ同一であるということから、何らの追加審査も行わなかった。しかしながら、前記のとおり第1投書に対する追加調査は不十分であったところ、主幹事証券会社は、第2投書を受領したことにより改めて売上の実在性についての調査を行う機会があったというべきであるのに、何らの追加審査を行わなかったのであるから、この点においても注意を尽くしていたとは認めがたい。

(結論)
 以上によれば、主幹事証券会社は、引受審査について、相当な注意を用いてこれを行ったということはできないのであって、有価証券届出書等の虚偽記載について、相当な注意を用いたにもかかわらずこれを知ることができなかったものと認めることはできないから、金商法21条1項4号及び17条の責任を負う。
(追加調査の水準について)
 追加調査としては、第1投書及び第2投書の内容に対応して、そこで指摘された手法での粉飾の存在の蓋然性及びこれを会計監査の過程で見逃した可能性について調査し、監査結果に関する信頼性についての疑義が払拭されたと合理的に判断できるか否かを確認すべきことになる。



(あてはめ)
 主幹事証券会社は、追加調査として、以下の①②を行っている。
会計監査人から、売上債権の残高確認は、全件につきエフオーアイを通さずに各取引先に直接郵送し、回答書も直接受領して実施していること、売上債権の回収確認は預金通帳及び海外送金記録と照合していること、銀行の残高確認作業は会計監査人が直接銀行と対応していることなど監査方法についての報告を受けていた。また、第2投書に記載された粉飾を実現するには相当の簿外資産が必要となり現実的には難しいとの意見を聴取した。そのため、すでに会計監査人において取引先全件に対する直接の売上債権の実在性の照会、各帳票類及び預金通帳の原本等を用いた取引の実在性に関する実証的な確認が適切になされていると認識していたということができる。

主幹事証券会社自身も、第1投書を受領する前に取引先の一部を実査していた。また、第1投書を踏まえて日本取引所自主規制法人が売上債権の存在や売掛金の回収状況について預金通帳原本と照合するなどして実際した際に立ち会い、特に問題が指摘されることはなかった。d社に対する巨額のストック・オプション付与の存在も関係書類から確認できなかった。さらに、第1投書で共謀関係を指摘されている取締役等以外の常勤監査役に対しても複数回にわたりヒアリングをして業務監査体制に問題がないことや取締役の説明についての裏付けをとったりしていた。  これらの事情によれば、主幹事証券会社は、一般の元引受証券会社を基準として通常要求される注意義務を尽くしたものであり、「相当な注意」を用いたと認められる。

(結論)
以上によれば、主幹事証券会社は、有価証券届出書のうち、財務計算部分については虚偽であることを知らなかったから金商法21条2項3号により同条1項4号の責任を負わず、それ以外の虚偽記載部分については相当な注意を用いたにもかかわらず虚偽記載を知ることができなかったものと認められるから同上2項3号により、同条1項4号の責任を負わない。また、目論見書の虚偽記載について、相当な注意を用いたにもかかわらずその虚偽記載を知ることができなかったものと認められるから、同法17条但書により同条本文の責任を負わない。

4 考察

 本件は、粉飾額が115億円以上に上り、売上高の97.3%を架空売上げが占めるという異常な事案であり、上場後わずか半年で当該粉飾が判明し上場廃止になったもので、上場審査手続き及び市場の信頼性を大きく毀損しかねない重大な事件であったところ、一審と控訴審で、主幹事証券会社の引受審査における金融商品取引法上の損害賠償責任の判断が分かれました。
 判断の分かれ目は、両判決における「相当な注意」の判断基準にあったものと見受けられます。
 すなわち、両判決とも、有価証券届出書の財務計算部分についての正確性の担保は、第一次的には公認会計士等による審査に委ねられるとしている点は共通しています。もっとも、一審は、匿名投書の記載内容に照らせば通常の審査とは異なる方法により当該情報の真偽を確認すべきであったとして、本件では通常より高度な注意義務違反があるとの理解のもと、帳票類や通帳の原本確認をしなかった点等につき注意義務違反を認めたのに対し、控訴審である本判決は、そのような特殊事情による注意義務の高度化は採用せず、あくまで一般の元引受証券会社を基準として通常要求される注意を用いて監査結果に関する信頼性についての疑義が払拭されたと合理的に判断できるか否かを確認するために必要な追加調査を実施すれば足りるとの基準を用いて、会計監査人による監査方法の適性の確認を行っていること等をもって注意義務違反を否定しました。
 有価証券届出書等における財務情報の正確性は、公認会計士等と元引受証券会社相互の役割分担への信頼により成り立っており、金商法もそれを企図していると思われることからすれば、本判決の示したスタンスは主幹事証券会社の役割に鑑みて合理的な枠組みを提示したものと見ることもできると思います。
 他方で、果たして本件のように粉飾を疑わせる重大な事情が多数存在した特殊ケースにおいても通常レベルの注意義務で足りるのか、粉飾を疑わせる事情の度合い等に応じてより高度なレベルの調査がなされるべきではないか、といった指摘もされているところです。
 かかる指摘にも相当程度の説得力があり、現に一審判決のような判決も示されている状況に鑑みれば、注意義務の程度については本判決後もなお流動的な面が否定できないように思われますので、主幹事証券会社としては、個別事情やその特殊性に応じて、取引の実在性に関する実証的な確認の要否を含めて事案ごとに慎重な判断が求められるものと思われます。

以上