TPPと著作権‐非親告罪化は企業にとって「良いこと」か?

1 はじめに

 皆様もご存知の通り、2015年10月5日、ついにTPP協定が大筋合意に至りました。
 本稿では、その中でも、著作権分野で注目されていた「非親告罪化」に焦点を当て、
  ①そもそも非親告罪とは何か
  ②TPP協定では「非親告罪化」についてどのような合意がされたのか
  ③非親告罪化に当たって企業はどう対応すべきか
 以上3点について、考えていきたいと思います。

2 非親告罪とは

 親告罪については、「権利者が訴えなければ事件にならないもの」などと紹介されているのを見かけますし、そのように認識している方もいらっしゃるかもしれません。この説明は大まかには誤っていませんが、ここで正確な意味を確認しておきましょう。
 親告罪とは、「告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪」をいいます。簡単に説明しますと、被害者等1が捜査機関に、犯罪の事実を申告して、犯人の処罰を求める意思表示2をしなければ、刑事裁判にならない3犯罪です。名誉毀損罪や強姦罪等がこれにあたります。
 よく勘違いされているのですが、あくまで、告訴がない場合に刑事裁判にならないというだけであり、捜査機関による捜査は可能です。たとえば、告訴がなくても、自宅を捜索されるということはあり得ます。実際は、警察が捜査し、証拠がそろった段階で告訴するかを確認するということもあると聞きますし、逆に、告訴をしたからといって警察が捜査をするとは限らないのです。
 さて、非親告罪は、このような制限がない犯罪ということですから、告訴がなくても、刑事裁判が行われる犯罪をいい、現行法では、ほとんどの犯罪は非親告罪になっています。
 今回問題となっている著作権侵害については、著作権法123条1項により、親告罪とされています。

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  2. 1告訴は、被害者(刑事訴訟法230条)の他に、被害者の法定代理人(231条1項)、被害者が死亡した場合にその配偶者・直系親族・兄弟姉妹(231条2項)等がすることができます。
  3. 2これを法律用語で告訴といいます。
  4. 3検察官が裁判所に刑事事件について審判を求めることを「公訴を提起する」あるいは「起訴する」といいます。

3 TPP協定と「非親告罪化」

 では、TPP協定では著作権の非親告罪化について一体なにが合意されたのでしょうか。
 TPP協定において、非親告罪について規定しているのは、Article 18.77の6(18.77条6)です。関連部分の抜粋は以下のとおりです4

Article 18.77: Criminal Procedures and Penalties

1. Each Party shall provide for criminal procedures and penalties to be applied at least in cases of wilful trademark counterfeiting or copyright or related rights piracy on a commercial scale. (後略)

(中略)

6. With respect to the offences described in paragraphs 1 through 5, each Party shall provide the following:

(中略)

(g)Its competent authorities may act upon their own initiative to initiate legal action without the need for a formal complaint by a third person or right holder.134
134With regard to copyright and related rights piracy provided for under paragraph 1, a Party may limit application of this paragraph to the cases in which there is an impact on the right holder’s ability to exploit the work, performance or phonogram in the market.

 著作権部分について簡単に説明しますと、①故意の複製行為(wilful copyright or related rights piracy5)であり、②商業的規模の(on a commercial scale)行為である場合には、非親告罪と規定しなければならないという協定になっています。ただし、参加国は、非親告罪とする範囲を、「市場において利用する権利者の能力に影響する場合に限定することができる」という注釈が付いています。

 現在、この協定文を前提に、どのような法律改正を行うか、議論が進んでいるところです。上記の説明でお分かりの通り、「商業的規模」「利用する権利者の能力に影響」等の文言について解釈の余地がありますので、条文制定までどの範囲が非親告罪となるのかは不透明です。
 しかし、故意かつ大規模の著作権侵害行為(特に複製行為)は、基本的に非親告罪化されるといって間違いではないと思われます6

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  2. 4原文(英語)及び政府作成の概要はhttp://www.cas.go.jp/jp/tpp/index.htmlで公開されています。
  3. 5“piracy”の訳については現在も議論がなされています。11月5日付の政府作成「TPP 協定の全章概要」では、複製と翻訳され、単なる侵害(infringement)と区別されていますが、文化審議会著作権分科会の法制・基本問題小委員会第6回では複製との訳には問題があるとの意見も出されています。
  4. 6最新の状況について補足しますと、改正が議論されている文化審議会著作権分科会の法制・基本問題小委員会においては、11月4日時点で委員から「海賊版などの一部のものは非親告罪としてよいが、コミケなどの二次創作まで入れるのは行き過ぎだというエッセンスについては概ねコンセンサスはあるのではないか」という意見が出されています。

4 企業はどう対応すべきか

 では、この動きに対して企業として対応すべきことはあるでしょうか。

(1)非親告罪化はメリットになるのか

 対応を考える前に、そもそも、非親告罪化は企業にとってメリットになるか、考えてみましょう。
 まず、企業側は著作権に関しては、権利者であることが多いと思われます。とすれば、侵害に対して告訴がなくても刑事裁判を起こされ、刑罰を受ける可能性が生まれることで、権利侵害が抑制されるため、企業にとって非親告罪化はメリットになると考える方もいらっしゃるかもしれません。
 しかし、本当にそうなのでしょうか。
 例えば、スマートフォンのゲームアプリを作っている企業を考えてみましょう。アプリの使用者が、アプリをプレイしている動画をインターネット上の動画サイトに投稿して公開する行為は、著作権の侵害になることは感覚的に認識できることと思います。しかし、現実にはそのような行為は多数存在しますし、企業としても黙認していることが多くあります。
 このように企業が黙認する理由は宣伝効果をはじめとして様々なものがあると思われますが、ここで大切なのは、企業が「黙認する」という選択肢をとることができるということです。「黙認」には、規約の整備も、その法的チェックも、何も必要ありません。ただ事後的に現物を見て、「これくらいならいいか」と判断すれば足りるのです。そして、企業が黙認する限り、投稿しているユーザーが刑事責任を追及されることはありません。何故なら、現行法上、著作権侵害の罪は“親告罪”であるからです。
 他方で、“非親告罪”であった場合はどうでしょうか。お分かりの通り、企業に「黙認」の選択肢はありません。企業が許諾していない以上、その動画投稿は無許諾の違法行為になります。そして、動画の投稿行為が犯罪に当たるのか、捜査をすべきか、起訴すべきか、決めるのは警察官と検察官です。告訴がなくとも、投稿者は逮捕そして起訴される可能性があります。
 このように考えていきますと、非親告罪化は刑事罰について企業(権利者)の「黙認」の選択肢を奪うものであることが分かると思います。そして、それは、企業にとって良いことばかりではありません。なぜなら、企業によって都合の良い利用も、悪い利用もすべて刑事罰によって強い抑制を受けることになってしまうからです。今までのように、企業が後から都合の良い利用を黙認するやり方を取ろうとしても、利用者は、許諾があるか不明であれば刑事責任を追及される可能性があります。当然、利用することも委縮することになります。先ほどの例でいえば、自分が逮捕・起訴される可能性があるとなれば、誰もそのゲームの動画を投稿したいとは考えないでしょう。

(2)対応策

 では、企業は非親告罪化にどう対応すればよいでしょうか。
 企業対個人の場合と、企業対企業の場合とに分けて検討してみましょう。

 ① 企業対個人の場合

 企業対個人の構図になる場合は、企業が作った製品等を消費者が利用する場面が中心となるでしょう。たとえば、前述したゲームを動画投稿する場合や、音楽をアレンジしてアップロードする行為などがこれに当たります。
 個人が利用することを考える場合、企業としては、自身にとって好ましい利用行為を阻害しないことが大切になります。特にSNSやホームページ、動画投稿サイトでの適切な著作物の利用は宣伝効果等に鑑み、適度な範囲で許容したいと考える企業は多いでしょう。
 そのためには、企業は、利用行為について後から黙認をするのではなく、規約などの基準を設けて事前に積極的な許諾をする必要があります。前述の通り、著作権侵害の罪が非親告罪となった場合、明示の許諾がない限り安心した利用ができないからです。
 まず、当然ながら、基準を作る前に、企業内でいかなる行為を許諾するのか、その内容を考えなくてはなりません。
 そして、企業の側から許諾範囲を明確に示す必要があります。先のゲーム動画の例でいえば、どういった部分の投稿は許されるのか、事前に何らかの登録が必要になるのか等を企業の側がはっきり示さなくてはなりません。これをどのような形で示すのか、マニュアルに記載するのか、ホームページに記載するのか等も検討する必要があるでしょう。
 さらに難しいのは、基準の作成です。まず、基準はある程度明確にしなければなりません。基準が不明確になると、利用者の側が問題ある行為かどうかがわからず、やはり利用しにくくなってしまうからです。また、当然ながら基準を法的に検討し、法律上意味のあるものにしなければなりません。
 様々述べましたが、要は、自社の著作物について、してよいこと、悪いことを明確に個人の側に伝えることが必要になるのです。

 ② 企業対企業の場合

 企業同士の利用の場合、企業は権利者としても利用者としても著作権に関わることになります。
 たとえば、自社のキャラクターの使用許諾契約を結んで、他社がキャラクター付きの製品を作る場合などはこれに当たります。2015年、大きく報道されたハイスコアガール事件では、A社が出版した漫画にB社のゲーム画面が登場し、著作権侵害の疑いがあるとしてA社は強制捜査を受けることとなりましたが、このような場面も企業同士の利用場面といえるでしょう。この場合、A社は利用者として、B社は権利者としてゲームという著作物の著作権にかかわっています。
 ではまず、利用者としてかかわる場合を考えてみましょう。利用者となった企業は、自社の行為が著作権侵害の疑いを掛けられ、捜査を受けるリスクがありますから、このリスクを可能な限り下げる必要があります。そのためには、権利者との契約で利用範囲を明確に定めるとともに、どの行為は記載しなければならないのかを検討し、記載すべき行為を漏れなく記載するなど、契約内容を慎重にチェックする必要があるでしょう。
 他方、権利者としてかかわる場合も同様です。相手企業が捜査を受けることとなれば自社にも影響がありますから、利用範囲や記載漏れがないか契約内容のチェックが必要です。

5 おわりに

 以上、検討してきました通り、非親告罪化の方針が定まったことにより、企業は、これまでなかった基準を作成し、また契約を見直すなどして、許諾範囲を明確なものにする必要があります。
 そして、その見直しには最新の著作権法改正の知識や、著作権の法的知識が不可欠になります。
 TPP協定もようやくまとまった段階であり、未だ、その対応については手探りに行われることも多いことと思います。お悩みなどがございましたら是非お気軽にご相談ください。

※追記(2016年1月22日)
 2016年1月7日、政府より、「TPP協定の暫定仮訳」が公表されました。あくまで暫定の訳ではありますが、本文中で指摘しました、“wilful copyright or related rights piracy”のについては、「故意による…複製」と翻訳されています(【暫定仮訳】第18章(知的財産)96頁参照)。
 したがって、現時点では、複製以外の行為まで非親告罪化される可能性は低くなったといっていいように思われます。
 例えば、本文中に例として挙げました「音楽をアレンジしてアップロードする行為」もアレンジ行為はコピー(複製)ではなく編曲する行為(翻案)ですから、非親告罪とされる可能性は低くなったといえるでしょう。
 今後も、政府の動きに注目する必要があります。

以上