過去の新法・新判例

2019年01月01日

危機管理体制と日本版司法取引

弁護士 木村 亮介

1 はじめに

 2018年は、企業のコンプライアンスに関わるニュースが多い年でした。
 世間を騒がせた事件の中でも、三菱日立パワーシステムズと日産自動車に関する事件は、2018年にスタートした「日本版司法取引」が活用された初めての事例として、特に注目を浴びました。
 本稿では、この日本版司法取引が今後の企業の危機管理体制に与える影響とその対応について検討します。


2 日本版司法取引

(1)概要

 日本版司法取引(正式には「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意」)とは、刑事事件の被疑者・被告人が、他人の刑事事件に関する捜査や訴追に協力するのと引き換えに、検察官が、当該被疑者・被告人に対し、訴追免除や求刑の軽減等の一定の処分をすることを約束する制度です(刑事訴訟法第350条の2乃至15)。
 そして、この日本版司法取引の対象は特定の犯罪に限定されていますが、これには、詐欺・横領・背任・贈収賄等の刑法違反や金融商品取引法違反、不正競争防止法違反等、企業活動の中で問題となりやすい類型の犯罪が含まれています(刑事訴訟法第350条の2第2項)。
 一般的に、企業犯罪は、組織性や密行性が高い上に、必ずしも直接的な被害者がいるわけではない類型の犯罪が多いことから、捜査機関にとっては、捜査の端緒をつかむことや証拠を収集することが困難な場合が多いと言えます。
 日本版司法取引は、このような特定犯罪に関して、被疑者・被告人に対し、捜査機関への協力を促すために導入された公益目的の制度です。

(2)他人の刑事事件

 日本版司法取引においては、特定犯罪に係る「他人」の刑事事件についてのみ取引が可能であるという点に注意が必要です(刑事訴訟法第350条の2第1項)。日本版司法取引においては、被疑者・被告人が、自己の刑事事件について自白し、捜査機関に協力することで、見返りに寛大な処分を受けるという自己負罪型の司法取引は認められていません。
 社内で複数の役職員と共犯関係に立って特定犯罪を実行した場合のように、被疑者・被告人自身が関与した刑事事件であっても、捜査機関の共犯者に対する捜査・訴追に協力する場合には、当該共犯者は「他人」となります。さらに、「他人」には個人だけでなく法人も含まれると解釈されており、役職員が捜査機関の会社に対する捜査・訴追に協力する場合又はその逆の場合における会社と役職員の関係も「他人」に該当します。
 報道によれば、三菱日立パワーシステムズの事例では、法人である会社が司法取引に応じ、元経営幹部が起訴されました。日産自動車の事例では、一部の執行役員が司法取引に応じたことで、代表取締役会長の逮捕に至りました。

3 危機管理体制への影響

(1)捜査協力競争

 日本版司法取引において、捜査機関への協力が可能なのは「他人」の刑事事件についてです。この要件は、刑事事件に関与した複数の当事者の間に、捜査機関への協力競争を引き起こす可能性があります。
 例えば、検察官が甲と乙の関与が疑われる刑事事件を捜査している場合、仮に甲から司法取引に関する協議開始の申入れがあれば、検察官は、甲から必要な協力を得て、これによって乙を訴追することを優先するかもしれません。この場合、後から乙が検察官に対して司法取引に関する協議開始の申入れをしても、既に検察官が甲から必要十分な情報と証拠を獲得していれば、検察官がかかる乙からの申入れに応じる理由はありません。
 検察庁によれば、検察官は、司法取引によって処分の軽減等をすることについて国民の理解が得られることを前提に、従来の捜査手法では同様の成果を得ることが難しい場合に協議の開始を検討することとしており、これについては、当該被疑者・被告人が協力することによって司法取引制度を利用するに値するだけの重要な証拠が得られる見込みの有無や、当該被疑者・被告人の供述に対する裏付証拠の十分性等を考慮するとしています1
 したがって、あらゆる状況において常に「早い者勝ち」が成立するわけではありませんが、そうは言っても、一般論として、最初に司法取引に関する協議開始の申入れをした者が有利であると考えます。
 複数の会社が関係する企業犯罪においては、最初に検察官に対して司法取引に関する協議開始の申入れをした会社が有利な立場となりますし、両罰規定(役職員が業務に関して犯罪を実行した場合おいて、当該役職員だけでなく、事業主である法人等をも処罰する規定)がある犯罪においては、刑事事件に関与した役職員が、会社に先んじて検察官にコンタクトをとろうとするかもしれません。

(2)内部通報制度等の機能不全

 このような「我先に」という競争の関係は、会社がこれまでに構築してきた内部通報制度やレポートラインを中心とする危機管理体制を機能不全に陥らせる可能性があります。
 会社内に整備された内部通報制度やレポートラインには、現場の役職員等からの報告によって、会社内の不正行為等を早期に発見する機能があります。従来であれば、仮に会社内で不正行為等が行われていたとしても、これらのシステムを通じて報告が上がってくることが期待できました。
 しかし、日本版司法取引の登場によって、会社内の不正行為等に関する情報が、現場から直接捜査機関に流れる可能性があります。
 不正行為等に関与した役職員にとっては、自らが関与した不正行為等について会社に報告をしたところで、最終的に懲戒処分等の何らかの不利益を受ける可能性があることについては変わりありませんし、当該役職員による報告を契機として、会社や当該不正行為等に関与した他の役職員等が先に検察官との間で司法取引を成立させてしまうかもしれません。そうすると、むしろ、当該不正行為等に関与してしまった役職員にとっては、できるだけ早期に検察官に対して司法取引に関する協議開始の申入れをし、自己が保有している情報や証拠を提供して、その見返りとして軽減された処分を受けることの方が合理的であると言えます。

4 危機管理体制の再検討

(1)危機管理体制の強化

 日本版司法取引の登場が会社の危機管理体制に影響を及ぼし得ることは以上のとおりですが、これに対応して会社がすべきことは、危機管理体制の見直しと強化です。つまり、会社内の不正行為等の疑いを把握して、事実関係を調査し、捜査機関への報告や関係者の処分といった必要な対応を迅速に行うための組織づくりを進めることです。
 この点、日本版司法取引への対策として、役職員に対し、契約や就業規則等の社内規程を通じて、会社に無断で司法取引に応じることを禁止することを検討する会社もあるようです。
 しかし、先に説明したとおり、日本版司法取引は、捜査機関による特定犯罪の早期発見や適切な訴追への協力を促す公益目的の制度です。検察官に対して司法取引に関する協議開始を申し入れ、取引に応じることは、社会的には、かかる公益実現のために本来推奨されるべき行為です。そのような公益目的の行動を制限する契約や社内規程の定めは、公序良俗に違反するものとして、無効と解釈される可能性が高いと考えます。また、かかる公益目的の行動を制限する契約や社内規程が存在することが明るみに出れば、かえって会社のレピュテーションを低下させる危険性さえあります。

(2)危機管理体制強化の具体的視点

 会社内における不正行為等に関する報告や、捜査機関による捜査、監督官庁による調査等は、常に会社にとって不意になされます。
 そして、先述のとおり、検察官に対する司法取引に関する協議開始の申入れは早ければ早いほど有利であるという一般論が成り立ちますので、会社に司法取引という選択肢を残すためにも、会社内にある不正行為等の疑いを把握して事実関係を調査するといった対応を迅速に行える体制を日頃から整備しておく必要があります。
 具体的には、まず、これらの対応を担当する部署を明確化しておくことが考えられます。
 当然のことながら、担当部署が不明確では、現実に問題が発生した場合の対応の遅れにつながります。また、何より、会社の意図しない部署等に情報が流れれば、不正行為等に関与した役職員に、会社が当該不正行為等に気が付いた事実を知られてしまうリスクがありますし、広い範囲で情報が共有されれば、その分だけ、会社の外に情報が流出してしまうリスクも高くなります。
 問題発生時に、迅速に対応するためにも、また、会社による情報コントロールを容易にするためにも、担当部署は予め社内規程等で明確に定めておく必要があります。
 また、会社内で不正行為等がなされている疑いが浮上した場合等、実際に問題が発生した場合に、これに迅速に対応するため、どのように事実関係の調査を進めるか、どのように情報をコントロールするか、といった基本的な方針について、社内規程やマニュアル等で明確化しておくことも効果的です。これには、会社内のレポートラインを明確化することも含まれます。
 特に、企業犯罪のような組織的犯罪の場合、捜査機関は、末端の者から捜査を開始し、情報と証拠を集めて外堀を埋めながら、徐々に組織の中枢へと迫る「突き上げ捜査」と呼ばれる捜査手法をとることがあります。この場合、会社の経営陣が捜査機関による捜査が進んでいることを把握した頃には、既に複数の役職員が司法取引に応じて捜査に協力した後であり、会社として司法取引をするという選択肢が残されていない状況に陥ってしまう可能性が考えられます。
 そのため、社内規程等で、役職員が捜査機関等から接触を受けた場合には、直ちに会社に報告をするよう定め、会社による早期の状況把握を可能にすることが有効であると考えます。ただし、先述のとおり、会社が役職員等に対して、捜査機関に協力することを制限することは許されないと考えます。
 実際に問題が発生した場合に、このように整備された危機管理体制を通じて、早期に事実関係を把握したら、最終的に、会社として、検察官に対し司法取引に関する協議開始の申入れをするか、延いては司法取引を行うかについて、意思決定を行う必要があります。
 そのため、かかる意思決定を迅速化するという意味では、意思決定機関を予め明確化しておくことも重要です。
 なお、かかる意思決定は、会社が受ける処分やレピュテーション等に重大な影響があることから、「重要な業務執行の決定」(会社法第362条第4項)に該当するとして、取締役会決議が必要となる場面が多いであろうことを指摘する見解もあります2

(3)リニエンシー制度の導入

 日本版司法取引の登場によって、会社の内部通報制度等が機能不全に陥ってしまう可能性があることについては、既に指摘しました。ここでは、不正行為等に関与した役職員にとって、会社に報告をすることにより得られる利益よりも、検察官に対して司法取引に関する協議開始の申入れをすることにより得られる利益の方が大きいと見込まれることに原因があります。
 そこで、会社としては、不正行為等に関与した役職員に対し、会社に報告をすることにより得られる利益が大きいことを示すために、リニエンシー制度を導入することが考えられます。
 リニエンシーとは、「寛大」「寛容」を意味し、自らが関与した不正行為等を自主的に申告した通報者や調査協力者等については、処分の減免を行う仕組みのことをいいます。
 すなわち、内部通報制度や上長への報告等を通じて、不正行為等に関与した役職員が、当該不正行為等について自主的に会社に報告をすれば、当該役職員に対する懲戒処分や損害賠償請求等の民事上の責任追及を免除又は軽減することとするものです。
 この点、公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会が作成した最終報告書においても、従業員等による通報を促すための環境整備の一案として、リニエンシー制度の導入があげられています3
 ただし、リニエンシー制度を導入したとしても、「(懲戒処分等を)免除することがある」といったような、会社に裁量を残す規定では、会社に対する報告を促す上で、必ずしも実効的とは言えません。かかる規定では、不正行為等に関与した役職員にとって、会社に報告をすることでメリットを享受することができるのか不明確で、結局、司法取引に流れるリスクが残ります。会社への積極的な報告を促す目的でリニエンシー制度を導入するのであれば、「免除する」「軽減する」というように、明確に定めることが望ましいと言えます。
 一方で、かかる明確なリニエンシー制度の導入には、自主的に報告さえすれば、自らが関与した不正行為等について責任追及を免れる又は軽減されることを約束してしまう点において、会社内のモラルハザードを危惧する声があります。この点については、最終的に、各会社の決めの問題とはなりますが、刑事手続でさえ司法取引というある種のリニエンシーを導入した今、会社においてもリニエンシー制度の導入を積極的に検討してよいのではないかと思われます。

5 おわりに

 今回は、日本版司法取引の発足を契機として、会社の危機管理体制の整備について検討をしました。
 会社が様々な人の集合体である以上、どれほど優良な会社であっても、不正行為等の不祥事が発生する可能性というのは存在します。大切なことは、実際に不祥事が発生したときに、会社として適切に対応すること、その前提として、適切な対応を可能とする体制を日頃から整備しておくことです。日本版司法取引の発足を契機として、改めて危機管理体制の見直しを進めていただければと存じます。
 当事務所では、危機管理体制の構築から現実に問題が発生した場合の対応まで、様々なご相談をお受けしています。ご不明な点がありましたら、お気軽にご相談ください。


以 上
    __________________
    1 最高検察庁「合意制度の当面の運用に関する検察の考え方」法律のひろば2018年4月号
    2 木目田裕・沼田知之「日本版司法取引制度への実務対応―平時の備えを中心に―」商事法務2167号
    3 公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会 最終報告書
    http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/research/improvement/pdf/koujou_161215_0003.pdf
PAGE TOP