過去の新法・新判例

2017年11月01日

業務中の私的チャットは労働時間に含まれる?(「ドリームエクスチェンジ事件」東京地裁平成28年12月28日判決)

弁護士 櫻井康憲

1 はじめに


 かつては社内のコミュニケーションといえば、社外同様メールが主流であったかと思います。しかし、近年では、スピード感を重視した社内業務連絡や従業員間のコミュニケーション活性化のために、社内チャットを導入する会社も増えてきています。
 社内チャットは、遠隔でのコミュニケーションをスムーズにする一方で、業務と全く関係のない私的なやり取りに利用される場合も多く、経営者目線で見ると、悩みの種となりやすいところかと思います。
 そこで、本稿では、業務時間内における私的な社内チャットの利用が問題となった事件1をご紹介いたします。


2 事案の概要・争点


 本事件の原告は、業務時間内における長時間の私的な社内チャット利用(以下「本件チャット」といいます)を理由として、被告会社から懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」といいます)されましたが、原告は、本件懲戒解雇は無効であるとして、未払賃金等の請求を求めて提訴しました。
 これに対し、被告は、本件チャットの時間は労働時間から控除すべきであり、支払済みの給与は過払いであるとして、不当利得返還請求等の反訴を行いました。

 この事件において、裁判所は、本件懲戒解雇を有効としつつ、本件チャットを行っていた時間を労働時間とみなす判断をしました(以下「本判決」といいます)。
 本判決は、業務時間内の私的チャットについて判断したものですが、業務時間内になされるその他の私的行為の取扱いについても大いに参考となるものと思われます。


 本判決では、多くの争点について判断がなされていますが、本稿では、①私的チャットを理由とする懲戒解雇の有効性、及び②私的チャットをしていた時間が労働時間に当たるか、という2点に関する判断に絞ってご紹介いたします。


3 私的チャットと懲戒解雇の有効性


(1)懲戒解雇の有効性(一般論)


 まず、「懲戒解雇」とは、従業員が、就業規則に定められた「懲戒事由」に該当した場合に、「懲戒処分」(企業秩序違反行為に対する制裁)として、従業員を解雇することをいいます。

 そして、懲戒解雇を含む懲戒処分は、就業規則に定められた「懲戒事由」に該当することを前提に、以下の事情に照らして、「客観的に合理的な理由」があり、かつ「社会通念上相当」であると認められる場合に限り、有効と認められます(労働契約法(以下「労契法」といいます)第15条)。
 ① 当該懲戒に係る労働者の行為の性質
 ② 当該懲戒に係る労働者の行為の態様
 ③ その他の事情

 特に、懲戒解雇は、解雇予告も予告手当の支払いもなく即時になされ、また退職金の全部又は一部が支払われない場合が多く、さらに再就職の重大な障害となる不利益を伴うことから、上記の「客観的に合理的な理由」があり、「社会通念上相当」と認められるためには、「制裁としての労働関係からの排除」を正当化するだけの重大な服務規律違反が存在することを要します。

(2)私的チャットを理由とする懲戒解雇の有効性


 本判決は、本件チャットは「単なるチャットの私的利用にとどまらず」、その内容が、顧客情報持出の助言、信用毀損、誹謗中傷及びセクハラに該当し、「就業に関する規律(服務心得)に反し、職場秩序を乱すものと認められる」ため、「原告がこれまで懲戒処分を受けたことがないこと、本件解雇を通知された時点では、おおまかに本件懲戒事由があることを認め、謝罪の言葉を述べていたことなど原告に有利な事情を十分踏まえても、本件解雇(懲戒解雇)は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる」として、本件懲戒解雇の有効性を認めました。

 本判決は、結論として本件懲戒解雇の有効性を認めていますが、本件チャットが単なるチャットの私的利用にとどまらず、本件チャットの内容が、職場秩序を乱すものであったことに着目して判断をしていますので、単に私的なチャットの時間が長時間に及ぶことをもって、直ちに懲戒解雇が有効となる訳ではないという点には注意が必要です2
 これは、私的なチャット以外の私的行為(職場における私語や喫煙所での喫煙等)についても同様であると思われます3

4 私的チャットを行っていた時間が労働時間に含まれるか?


(1)労働基準法上の労働時間とは


 労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない時間が労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が当該時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものとされています(最判平12年3月9日・民集54巻3号801頁、最高裁平14年2月28日・民集56巻2号361頁参照)。
 そして、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価されるという点に注意する必要があります。

(2)私的チャットを行っていた時間の労働時間該当性


 本判決は、上記(1)の記載と同一の判断基準のもとで、本件チャットは、以下の各事情からすれば、原告が「使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、労基法上の労働時間に当たると認められる」として、私的チャットの時間が労基法上の労働時間に該当すると判断しました。
本件チャットが業務時間内に、自席のパソコンで行われたものであること
被告は、本件チャット問題が発覚するまでの間、原告が自席で労務の提供をしているものと認識しており、原告の直属の上司との間で私的チャットがなされているが、原告の業務態度に問題がある等として、被告が原告を注意指導したことは一切なかったこと
本件チャットは、基本的に社外の人間との間ではなく、会社内の同僚や上司との間で行われたものであること
業務に無関係なチャット、業務に無関係とはいえないチャット、私語として社会通念上許容される範囲のチャット及び業務遂行と並行してなされているチャットが渾然一体となっている面があり、明らかに業務と関係のない内容のチャットだけを長時間に亘って行っていた時間を特定することが困難であること

 また、ノーワークノーペイの原則4との関係では、「チャットの私的利用を行っていた時間を労働時間とみることについては、ノーワークノーペイの原則との関係で問題を生じうるが、チャットの私的利用は、使用者から貸与された自席のパソコンにおいて、離席せずに行われていることからすると、無断での私用外出などとは異なり、使用者において、業務連絡に用いる社内チャットの適用が適正になされるように、適切に業務命令権を行使することができたにもかかわらず、これを行使しなかった結果と言わざるを得ない」(下線部筆者)として、労働時間から本件チャットを利用した時間を控除することを認めませんでした。

5 おわりに


 本判決の判断内容は、私的チャットに関する一般的理解及び事例判断を示した点で大いに実務上の参考になると思われます。


 なお、本判決では、「従業員の業務態度に問題があるとして注意指導をしたことが一切なかったこと」や、「社内チャットの適用が適正になされるように、適切に業務命令権を行使することができたにもかかわらず、これを行使しなかった」ことが、被告(会社側)の主張を排斥する根拠の一つとなっています。
 そのため、チャットの私的利用を防止しつつ、社内チャットの利点を活用するためには、本判決を教訓として、貸与したパソコン等の機器や社内チャットの利用規則をしっかりと定め、かつ適切に運用していくことが必要となります5


 社内チャットの利用規則やその運用については、規程自体の合理性や、後に紛争となった場合の効果等を見据えた対応が特に重要となります。
 当事務所では、実態に合わせた適切な社内規程の作成や、規程の運用にあたってのアドバイスを含めた対応をしていますので、社内チャットの利用規則に限らず、社内規程の整備等をお考えの場合には、お気軽にご相談いただけますと幸いです。


以 上
    __________________
  1. 東京地判平28年12月28日・労判1161号66頁。
  2. 例えば、1日に1~2通程度の私的なやり取りをしたことをもって懲戒処分(懲戒解雇に限りません)を行うことは難しいと思われます。
  3. なお、本判決は、社会通念上相当な範囲を超える私的チャットについては、職務専念義務違反に該当する旨を判示しており、仮に懲戒解雇事由に該当しない場合でも、職務専念義務違反自体を理由として、従業員に何らかの処分(より軽い懲戒処分や懲戒処分ではない指導等)を行う余地はあります。
  4. 賃金請求権は、労務の提供と対価関係にあるため(労契法第6条)、「労務の提供が労働者の意思によってなされない場合には、反対給付である賃金も支払われない」という原則をいいます。
  5. モニタリングや過去ログの閲覧についての規定を設けることが必要になる場合も多いと思われますが、当該規定の作成及び運用にあたっては、従業員のプライバシー権との調整が必要となりますので、利用規則作成にあたっては、専門家のチェックを受けるのが望ましいと思われます。
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