過去の新法・新判例

2017年09月01日

「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」の公表

弁護士 岡野 裕一郎

第1 はじめに


 昨今、大企業での過労死事件等による長時間労働に対する問題意識の高まりを受け、平成29年1月20日、厚生労働省(以下「厚労省」)が、使用者向けガイドラインとして、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」)を策定し、公表しました。

 従来、同様の趣旨で、厚労省労働基準局長から各都道府県の労働局長宛の内部通達として、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平成13・4・6基発339号)が存在しました(以下「旧通達」)。
 本ガイドラインの内容は、上記旧通達と重複する内容も多く、また、主に従前の裁判例等の内容を踏まえたものといえますので、必ずしも、これまでの実務対応に大きな変更を求めるものではありません。

 しかし、本ガイドラインの策定・公表を踏まえ、今後、厚労省等の対応が厳格化していくことも考えられますので、使用者側において、労働時間の適正な把握がこれまで以上に重要になることは明らかと思われます。

 そこで、労働時間の適正な把握にあたっての使用者側の留意点を再確認する意味も含め、以下、本ガイドラインの内容を概観させていただきます。


第2 「労働時間」の考え方


1 「労働時間」の定義


まず、本ガイドラインでは、労働時間の定義について、

労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。

としています。

 また、この定義との関係で、労働時間として取り扱わなければならない具体例として、以下の例を挙げています。

 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間
 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)
 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

 上記アとイは過去の最高裁判決を踏まえた内容と考えられ(※)、上記ウについても、従前の裁判例等における見解に沿ったものといえます。
 ※ 三菱重工業長崎造船所事件(最一判平成12・3・9民集54巻3号801頁)大星ビル管理事件
 (最一判平14・2・28民集56巻2号361頁)等。
 なお、上記アは括弧内で具体例が示されていますが、上記イの具体例としては、例えば、上記最高裁判決(大星ビル管理事件)で問題とされた、ビルの管理業務における仮眠室での仮眠時間(仮眠室での在室、電話や警報への対応等が義務付けられていたもの)等が挙げられます。
 また、上記ウについては、例えば、研修等を自由参加という建前で行ったとしても、不参加により人事上の評価に影響が生じ得るという場合には、従業員の立場からは、参加しない自由が完全に確保されているとはいい難く、事実上参加を余儀なくされているものと評価され、労働時間に該当すると判断される可能性があるため、留意が必要です。


2 「労働時間」の判断方法


 そして、上記1の労働時間に該当するかどうかの判断方法としては、以下のとおり、労働契約等の定めとは無関係に、労働者の行為が(使用者から義務付けられ、または、余儀なくされていた等の状況の有無等から)使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより、客観的かつ個別的に、評価・判断されるとしています。

労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであること。また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されるものであること。


 上記1及び2は、いずれも、従前の最高裁判決や下級審裁判例等の内容を反映したものと評価することができ、新たな解釈を示したものではないと考えられます。

 ただ、本ガイドラインにより、改めて明示的に確認されていることを踏まえると、上記に反して労働時間を過少に捉える場合は、厚労省等から、これまで以上に厳しい評価を受ける可能性があるため、より一層慎重な対応が必要と思われます。


第3 「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置」について


1 始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法について


 本ガイドラインでは、使用者が始業・終業時刻を確認及び記録するにあたり、その原則的な方法として、以下のアイの方法挙げています。

 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること。
 タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること。


 この原則的な方法に従う場合、一定以上の規模の企業においては、通常、使用者自らが現認すること(上記ア)は困難と思われますので、現実的には、タイムカード等を利用した方法(上記イ)よらざるを得ないものと思われます。


2 自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置について


 もっとも、現状、上記1の原則的方法によらず、当該従業員からの自己申告により始業・終業時刻を把握している企業も少なくないように思われます。
 本ガイドラインは、上記1の方法を原則としつつも、やむを得ず自己申告制による場合に、使用者が講ずる措置として、以下のア~オの措置を挙げています。

 自己申告制の対象となる労働者に対して、本ガイドラインを踏まえ、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。
 実際に労働時間を管理する者に対して、自己申告制の適正な運用を含め、本ガイドラインに従い講ずべき措置について十分な説明を行うこと。
 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。
特に、入退場記録やパソコンの使用時間の記録など、事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合に、労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた時間との間に著しい乖離が生じているときには、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。
 自己申告した労働時間を超えて事業場内にいる時間について、その理由等を労働者に報告させる場合には、当該報告が適正に行われているかについて確認すること。
その際、休憩や自主的な研修、教育訓練、学習等であるため労働時間ではないと報告されていても、実際には、使用者の指示により業務に従事しているなど使用者の指揮命令下に置かれていたと認められる時間については、労働時間として扱わなければならないこと。
 自己申告制は、労働者による適正な申告を前提として成り立つものである。このため、使用者は、労働者が自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、上限を超える申告を認めない等、労働者による労働時間の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと。
 また、時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合においては、改善のための措置を講ずること。
 さらに、労働基準法の定める法定労働時間や時間外労働に関する労使協定(いわゆる36協定)により延長することができる時間数を遵守することは当然であるが、実際には延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず、記録上これを守っているようにすることが、実際に労働時間を管理する者や労働者等において、慣習的に行われていないかについても確認すること。


 上記アは、旧通達でも同様の趣旨の記載がありましたが、本ガイドラインでは、旧通達と異なり、上記イで、「実際に労働時間を管理する者」に対する説明も挙げられている点に留意が必要です。

 そして、旧通達から追加された記載として、特筆すべきは、上記ウの2文目の記載です(以下に抜粋します。なお、1文目は旧通達にも同様の記載が存在しました。)。
“ 特に、入退場記録やパソコンの使用時間の記録など、事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合に、労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた時間との間に著しい乖離が生じているときには、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。”
 特に、1文目と異なり、「必要に応じて」との留保がなく、「実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること」とされていることに留意が必要です。
 上記に挙げられている「入退場記録やパソコンの使用時間の記録」等を有している企業は少なくないと思われます。本ガイドラインは法律そのものではなく、直ちに法的強制力を有するものではありませんが、既に述べたとおり、厚労省等の対応がより厳格化し得ることに照らしますと、上記「実態調査の実施」(及び同調査を踏まえた労働時間の補正)が必要かどうか、つまり、上記記録等と自己申告のあった労働時間との「著しい乖離」があるかにつき、両者を照合して確認することがより一層重要になると思われます。

 また、上記エやオの第3段落は、いずれも本ガイドラインで新たに追加された記載です(以下にそれぞれ抜粋いたします。なお、オの第1段落、第2段落は、旧通達においても同様の趣旨の記載が存在しました。)。
“エ 自己申告した労働時間を超えて事業場内にいる時間について、その理由等を労働者に報告させる場合には、当該報告が適正に行われているかについて確認すること。
 その際、休憩や自主的な研修、教育訓練、学習等であるため労働時間ではないと報告されていても、実際には、使用者の指示により業務に従事しているなど使用者の指揮命令下に置かれていたと認められる時間については、労働時間として扱わなければならないこと。”

 “オ                              〈中略〉
 さらに、労働基準法の定める法定労働時間や時間外労働に関する労使協定(いわゆる36協定)により延長することができる時間数を遵守することは当然であるが、実際には延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず、記録上これを守っているようにすることが、実際に労働時間を管理する者や労働者等において、慣習的に行われていないかについても確認すること。”


 いずれも共通して、労働者側からの報告や自己申告につき、使用者側において、(報告・自己申告の内容を鵜呑みにするのではなく)それらのプロセス等においても問題がないかについて、より踏み込んだ確認を求めるものといえます。
 本来労働時間として含まれるべき時間が正しく認識されないままでいることは、使用者側としても、不意打ち的に残業代の請求等を受けるリスクを常に抱えることを意味しますので、使用者側自身のリスク管理の意味でも重要な対応といえます。

 なお、エの2文目「その際、休憩や自主的な研修、教育訓練、学習等であるため労働時間ではないと報告されていても、……労働時間として扱わなければならないこと。」の部分は、上記第2,1のウの例を、再確認するものといえます。


3 その他


 上記のほか、本ガイドラインでは、賃金台帳の適正な調製や賃金台帳を含む労働時間の記録に関する書類の3年間の保存義務、また、労働時間を管理する者の職務や労使協議組織の活用についても記載がありますが、法令の規定内容(労働基準法第108条、同法第109条等)を確認的に記載するものや旧通達に存在していた類似の定めを踏襲するものと考えられます。


第4 終わりに


 以上、概観しましたとおり、本ガイドラインは、その内容の多くが、従前の裁判例等を踏まえたものであり、これまでの実務運用と大きく異なるものとはいえません。
 しかし、本ガイドラインを踏まえた実際の対応においては、個別の案件ごとに、裁判例や議論の趣旨等も踏まえた、慎重な判断が必要になります。
 労働時間に関する問題を含め、労務上の法的問題やトラブル等への対応につき、お悩み等ございましたら、是非お気軽にご相談ください。



以 上
PAGE TOP